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金沢地方裁判所 昭和50年(ワ)288号 判決 1991年3月13日

《目次》

主文

事実

第一 当事者の求めた裁判

一 請求の趣旨

二 請求の趣旨に対する答弁

第二 当事者の主張

一 原告らの主張

二 原告らの主張に対する被告の認否

三 被告の主張

四 被告の主張に対する原告らの認否及び反論

第三 証拠

理由

第一 小松飛行場の現況・沿革と原告らの居住関係等の概要

一 小松飛行場の現況・沿革・使用状況

1 小松飛行場の現況

2 小松飛行場の沿革

3 小松飛行場の使用状況

二 原告らの居住関係等

第二 本件訴えの適法性等

一 人格権、環境権及び平和的生存権等、本件各請求の根拠について

1 人格権について

2 環境権について

3 平和的生存権について

二 離着陸等の差止請求に係る訴えの適法性

1 自衛隊機の離着陸等の差止請求について

(一) 自衛隊機使用の法律関係

(二) 民事訴訟による自衛隊機の離着陸等の差止請求の適法性

(三) 統治行為論について

(四) 差止請求の趣旨の特定について

2 米軍機の離着陸等の差止請求について

三 損害賠償請求に係る訴えの適法性

1 統治行為論について

2 根拠法令について

第三 侵害行為

一 飛行騒音

1 はじめに

2 飛行実態の概要

3 小松基地騒音対策協議会騒音測定結果を中心とする考察

4 その余の騒音調査結果等の考察

5 まとめ

二 地上音

三 航空機の墜落等の危険

四 振動・排気ガス

1 振動

2 排気ガス

第四 被害

一 総論

二 生活妨害(睡眠妨害を除く)

三 睡眠妨害

四 心理的・情緒的被害

五 聴覚被害(聴力障害及び耳鳴り)

六 その他の健康被害

七 その他の被害

八 総括

第五 騒音対策

一 はじめに

二 周辺対策

三 音源対策等

1 音源対策

2 運航対策

第六 違法性(受忍限度)

一 はじめに

二 公共性

三 環境基準

四 差止請求の当否

五 損害賠償請求の当否

六 損害賠償における周辺対策の評価

第七 地域性、先(後)住性及び危険への接近

一 地域性、先(後)住性

二 危険への接近

第八 将来の損害賠償の請求に係る訴えの適法性

第九 消滅時効

第一〇 被告の責任

第一一 損害賠償額の算定

第一二 結論

第一次訴訟原告

福田俊保

外一一名

第二次訴訟原告

小倉通夫

外三一七名

右原告三三〇名訴訟代理人弁護士

梨木作次郎

内田剛弘

藤原周

藤原充子

奥津亘

崎間昌一郎

小野誠之

折田泰宏

古家野泰也

手取屋三千夫

田中清一

北尾強也

市川昭八郎

高沢邦俊

堀口康純

野村侃靱

水谷章

岩淵正明

今井覚

菅野昭夫

加藤喜一

長谷川紘之

畠山美智子

新井章

大森典子

榎本信行

池田真規

森川金寿

高橋修

島林樹

岩崎修

成瀬聰

知念幸栄

池宮城紀夫

永吉盛元

島袋勝也

照屋寛徳

鈴木宣幸

木村保男

滝井繁男

久保井一匡

石橋一晃

須田政勝

小池貞夫

宇野峰雪

中野新

諌山博

林健一郎

小泉幸雄

小島肇

井出豊継

辻本章

内田省司

林田賢一

津田聡夫

前田豊

椛島敏雄

田中久敏

田中利美

右原告三三〇名訴訟復代理人弁護士

飯森和彦

橋本明夫

川本蔵石

関島保雄

野村和造

中杉喜代司

押野毅

原告翫正敏訴訟代理人弁護士

奥村回

若杉幸平

被告

右代表者法務大臣

左藤恵

右訴訟代理人弁護士

榎本恭博

右指定代理人

加藤昭

外三一名

主文

一  原告らの訴え中、米軍機についての離着陸等の差止め及び騒音の到達禁止を求める部分並びに平成二年三月一七日(本件口頭弁論終結の日の翌日)以降に生ずると主張する損害について賠償を求める部分を却下する。

二  被告は、別紙第二損害賠償額一覧表中の「原告氏名」欄記載の各原告に対し、それぞれ、同表中の各原告に対応する「損害賠償額(合計)」欄記載の金員と、同「A期間慰藉料額」欄記載の金員に対する第一次訴訟の原告(同表「原告番号」欄に括弧付きの数字で示した原告)にあってはいずれも昭和五〇年一〇月八日から、第二次訴訟の原告(同欄に括弧なしの数字で示した原告)にあってはいずれも昭和五九年二月七日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用の負担は、第一次訴訟及び第二次訴訟を通じて次のとおりとする。

1  別紙第二損害賠償額一覧表中に記載されている各原告に生じた訴訟費用は、その二分の一を被告の負担とし、その余を各原告の負担とする。

2  その余の原告ら(同表中に記載のない原告)に生じた訴訟費用は、全部各原告の負担とする。

3  被告に生じた費用は、その二分の一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

五  この判決は、主文第二項に限り仮に執行することができる。

(用語解説)

本判決中で使用した騒音の単位の意味内容は、次のとおりである。

一  ホン、デシベル(dB)

騒音計によって測定した騒音レベルの単位。騒音計には、A、B、Cの三つの聴感補正回路があり、A回路は比較的人間の聴感に近い傾向にあり、C回路は平坦な特性であるので音圧レベルに近いという特徴がある。ホンはA回路で測定した場合のみに用い、デシベルを用いるときは、どの回路で測定したかを明らかにするためデシベルの後にその回路の名称を付しておくのが普通である。(<証拠>)

二  フォーン(Phon)

周波数一〇〇〇ヘルツを標準とし、フレッチャーの聴感曲線等で感覚補正をした音の大きさの単位。(<証拠>)

三  PNデシベル

航空機騒音をホン(A)で測定したとき、機種によってはうるささの感覚を十分に反映していないことが注目されるようになり、耳のうるささを考慮に入れた騒音レベルとしてPNL(Perceived Noise Level)が提案された。その単位がPNデシベルである。PNLは、音のピークレベルを分析し、noyという単位で算出して求めるものであるが、一般にジェット機音については、ホン(A)に一三を加えた数値にほぼ等しいものとされる。(<証拠>)

四 WECPNL(Weighted Equivalent Continuous Perceived Noise Level)

ICAO(国際民間航空機構)によって提唱された航空機騒音の評価の単位。ある期間(通常一日)に観測されるすべての航空機について、まず一機ずつの騒音量を測定(測定単位はEPNL。PNLに一機ごとの継続時間補正及び純音補正をしたもの)し、これに基づいて全航空機による騒音量を時間毎(通常一時間毎)に平均したもの、すなわちECPNLを算出する。WECPNLは、このECPNLに時間帯や季節を考慮した一定の補正を施したものである。我が国の環境基準等で採用されているWECPNLの算出方法は本文中に記載した。(<証拠>)

五  NNI(Noise and Number Index)

主として、英国において使用されてきた航空機騒音評価単位。航空機騒音のような断続音のやかましさは、その発生頻度に関係することから、それを考慮して騒音を評価するもの。WECPNLのような時間帯による補正はされていない。

WECPNL七〇及び七五に相当するピークレベルのパワー平均及びNNIは次の表のとおりである。ただし、夕方(午後七時から午後一〇時まで)の運航回路数比を二〇パーセントとし、夜間(午後一〇時から翌午前七時まで)の運航回数比を〇パーセントとして計算したもの。

WECPNL

機数

ピークレベル

のパワー平均

NNI

七〇

二五

八一デシベル(A)

三五.〇

五〇

七八

三六.〇

一〇〇

七五

三八.〇

二〇〇

七二

三九.五

三〇〇

七〇

四〇.五

七五

二五

八六

四〇.〇

五〇〇

八三

四一.五

一〇〇

八〇

四三.〇

二〇〇

七七

四四.五

三〇〇

七五

四五.五

(<証拠>)

六  Leq(等価騒音レベル)

普通の騒音は音圧レベルが時々刻々変動するものであるところ、このような騒音を物理的にこれと同一のエネルギーとみなされる定常騒音に置き換えたもの。(<証拠>)

七  Ldn(昼夜等価騒音レベル)

夜間の騒音を重く見て、この騒音レベルに一〇デシベルを加えて求めた二四時間のLeq。(<証拠>)

(略語表)

本判決において、条約、法律等の名称につき、本文中に特記するもののほかに次の略語を使用する。

条約・法律等の名称

略語

日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約(昭和二七年条約第六号)

旧安保条約

日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約(昭和三五年条約第六号)

安保条約

日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定(昭和三五年条約第七号)

地位協定

国家賠償法(昭和二二年法律第一二五号)

国賠法

防衛施設周辺の整備等に関する法律(昭和四一年法律第一三五号)

周辺整備法

防衛施設周辺の生活環境の整備等に関する法律(昭和四九年法律第一〇一号)

生活環境整備法

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1(一)  被告は、自らまたはアメリカ合衆国軍隊をして、原告らのために、小松飛行場において、毎日午後零時三〇分から午後二時まで及び毎日午後六時から翌日午前七時までの間、一切の自衛隊機及び米軍機(以下「軍用機」という。)を離着陸させたり、そのエンジンを作動させたりしてはならない。

(二)  被告は、自らまたはアメリカ合衆国軍隊をして、原告らのために、小松飛行場の使用により、毎日午前七時から午後零時三〇分まで及び毎日午後二時から午後六時までの間、原告らの居住地に対し七〇ホン(A)を超える一切の軍用機の発する騒音を到達させてはならない。

2  被告は、原告らに対し、それぞれ次の各金員を支払え。

(一) 金二四〇万円及び内金二〇〇万円に対する第一次訴訟の原告については昭和五〇年一〇月八日から、第二次訴訟の原告については昭和五九年二月七日から各支払済みまで年五分の割合による金員

(二) 第一次訴訟の原告については昭和五〇年一〇月八日から、第二次訴訟の原告については昭和五九年二月七日から、被告が自らまたはアメリカ合衆国軍隊をして、前記1項(一)及び(二)の各措置をなさしめるまでの間、毎月末日限り各金二万円宛の金員

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

(一) 原告らの訴えをいずれも却下する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

2  本案の答弁

(一) 原告らの請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

(三) 担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  原告らの主張

原告らの主張の詳細は、別冊「原告ら最終準備書面(第一審その一、その二)」記載のとおりであるが、その骨子は以下のとおりである。

なお、右準備書面において言及した「一〇・四協定」については、本訴請求原因を裏付ける重要な事情として述べたものであり、同協定の効力自体に基づいて軍用機の離着陸等の差止め及び騒音の到達禁止を求めるものではない。

1  小松飛行場の現況と原告らの居住関係

(一) 石川県小松市向本折町に所在する小松飛行場は被告が設置・管理する公の営造物であり、被告は、昭和三六年七月ここに航空自衛隊第六航空団を置いてその基地(以下「小松基地」という。)として使用する(なお、その前に臨時小松派遣隊を編成し、同年五月ころ既にF八六Fの配備を完了していた。)とともに、昭和五七年一一月一五日より、小松飛行場を、日米共同訓練のため、安保条約第六条及び地位協定第二条に基づく施設・区域としてアメリカ合衆国軍隊に提供し、同年一一月三〇日以降ここにおいて日米共同訓練を実施している。

(二) 小松基地の軍事的位置とその役割はおよそ以下のようである。

小松基地はソビエト及び北朝鮮等に対する軍事行動に備えた日本海側の最大の軍事基地である。

同基地に置かれている航空自衛隊第六航空団の部隊は、戦闘要員パイロット約一一〇名を中核とする総数約一七三〇名の隊員を擁し、第三〇三飛行隊(ジェット戦闘機F一五イーグル一八機)・第三〇六飛行隊(同F四EJファントム一八機)の編成を軸として第九移動警戒隊・第三〇一基地防空隊などを組織している。

昭和五三年一一月に策定された「日米防衛協力のための指針」(いわゆるガイドライン)は、日米間の共同作戦体制の完成を示すもので、自衛隊の性格はそれまでの「専守防衛」から「集団的自衛権」を行使するアメリカ極東軍の共同作戦部隊に変質したが、小松基地も例外ではなく、前記のように昭和五七年一一月からここに日米空軍の合同軍事演習が展開され現在に至っている。

その実態は、平時において、ソビエト・北朝鮮等と対峙する軍事作戦を日本列島及びその周辺の空海域に展開し、これらの諸国に軍事的威嚇と挑発を与えることにある。そして、小松基地は、千歳―三沢―群山(韓国)の各空軍基地を結ぶ半円弧の中心に位置し、また百里基地とウラジオストク(もしくはピョンヤン)を結ぶ線上にあって、重要な軍事的役割を担っている。

(三) 原告らは、いずれも小松飛行場の周辺に居住し、日々すさまじい飛行騒音などに暴露され、また平和な環境の下に生きる権利を著しく侵害されているものであるところ、その居住地(転居した者については、旧居住地と現居住地)の所在地番、居住開始時(年月)、居住地に係る区域指定によるWECPNL値は、別紙第三「原告別居住地とWECPNL値一覧表」記載のとおりである。

なお、原告ら居住地のWECPNL値として主張している数値は、それぞれ生活環境整備法の規定による第一種、第二種、第三種区域の指定において、原告らの居住区域が総理府令で定められたWECPNL値以上に属するとされたことを意味する。これを個別的に主張すると、次のとおりである。

WECPNL値 その意味

(1) 七五 その原告の居住地が、昭和五七年六月二八日防衛施設庁告示及び昭和五九年一二月二〇日防衛施設庁追加告示でWECPNL七五以上であるとして、第一種区域に指定されたもの(かつ、(2)の区域に含まれないもの)

(2) 八〇 その原告の居住地が、昭和五五年九月一〇日防衛施設庁告示でWECPNL八〇以上であるとして、第一種区域に指定されたもの(かつ、(3)の区域に含まれないもの)

(3) 八五 その原告の居住地が、昭和五三年一二月二八日防衛施設庁告示でWECPNL八五以上であるとして、第一種区域に指定されたもの(かつ、(4)の区域に含まれないもの)

(4) 九〇 その原告の居住地が、昭和五三年一二月二八日防衛施設庁告示及び昭和五九年一二月二〇日防衛施設庁追加告示でWECPNL九〇以上であるとして、第二種区域に指定されたもの(かつ、同各告示で第三種区域に含まれないもの)

(旧居住地について、必ずしも居住していた当時、右各告示が既になされていたわけではないが、その後の告示によって、当該旧居住地のあった場所が指定区域に含まれた場合、そのWECPNL値を示した。)

2  侵害行為と原告らの被害

(一) 侵害行為

(1) 軍用機による騒音暴露の実態

(ア) 小松飛行場は、その四囲一帯が本件原告らの居住地域で囲まれているため、ここに離着陸する全ての軍用機は、激痛音を発しながら原告らの居住地域の上空を、低空飛行のまま上昇、旋回及び下降している現状にあり、また、小松飛行場でなされる軍用機のエンジン整備等の轟音も、原告らの居住地域に直接到達している。

(イ) 小松市が昭和四二年一二月、同四三年六月、一一月及び一二月、飛行経路の真下及びその周辺の同市の各町(二五町―測定地点三〇個所)において軍用機の騒音を測定した結果によれば、原告らの居住地を含む各測定地点に到達している軍用機の騒音は、平均強度において八〇ホンを下るところはなく、全ての地点が八〇ホンから九〇ホン台に及ぶ騒音暴露を受けていることが明らかである。

(ウ) また、防衛施設庁の委託に基づいて財団法人防衛施設周辺整備協会が同五二年八月二九日から九月二日までの間なした各騒音度調査によると、原告らの居住地ないしその周辺地のWECPNL値は六九ないし一一二という実態にある。

(エ) 他方、原告らが調査した結果によると、例えば原告中林弘明宅付近での同五四年七月五日午前八時八分から同一〇時三九分までの時間帯(二時間三一分)における騒音暴露回数は三八回、暴露値の最高は一〇〇ホン(A)で多くは八六ホン(A)以上となっており、また原告澤田榮太郎などの居住する小松市丸の内町地内での平成元年五月一七日午前八時三六分から午後七時五九分までにおける騒音暴露回数は一三一回、暴露値の最高は104.8ホン(A)で多くは八八ホン(A)という実態にあることがわかる。

(オ) このようにして、軍用機による騒音暴露は小松基地が開設されて以降現在まですさまじい実態をもって推移してきており、原告らは長年にわたっていずれもこの激痛音の下に置かれてきているものである。

(2) 軍用機の墜落等の危険

(ア) 小松飛行場はこれまで軍用機の基地として拡張強化されてきたが、この間、ジェット戦闘機等はしばしば墜落した。

とりわけ昭和四四年二月八日第二〇五飛行隊のF一〇四J機が県都金沢市泉二丁目の住宅街に墜落爆発して炎上した際には、自衛隊員(パイロット)はパラシュートで脱出してことなきを得たが、現場付近の民家一七戸が全焼、二戸が半焼壊し、死亡者四名、重軽傷者一八名に及ぶという大惨事となった。

(イ) そして、小松飛行場を離着陸する軍用機の回数は一日平均一〇〇回前後とされているところ、それらの軍用機は小松飛行場と原告らの居住地及び小松市街地等との位置関係からして、いずれも多数の住民が居住する広範な地域の上空を飛ぶこととなり、本件原告らが訴えているように、周辺の全住民は日常的に軍用機の墜落・爆発による大惨事の恐怖におびやかされ、かつ生命の危険にさらされるという恐怖の環境におかれているのである。

そのうえ、軍用機の戦闘飛行訓練は最近とみに激しくなり実戦さながらの様相を呈していて、墜落・爆発の危険は急速に高まりつつある。

(3) 平和的環境の破壊

小松飛行場を軸にして展開されている航空自衛隊及びアメリカ合衆国軍隊の軍用機による有事に向けての軍事作戦行動は、前記のように近隣諸国に対する軍事的威嚇と挑発行為となっており、それによって惹起される戦争及び戦禍の危険は、平和な環境の下に生きることを強く希求している原告らの利益を日々侵害している。

(二) 原告らの被害

(1) 原告らの居住地及び職場所在地は、日本海と加賀緑野の豊かな自然に育まれ、太古のいにしえから安らかな生活と生業を営むのに最適の地域であり平和な地帯であった。

しかしながら、小松飛行場に軍用機が配備され、軍事作戦行動がとられるに至って以来、原告らのこれらの地域は、日夜、その激痛騒音に暴露され、墜落・爆発等の危険に切迫されかつ戦争の危険に脅されるという環境破壊を受けるにいたっているものであって、そのこと自体すでに重大な被害(すなわち、静穏にして平和的な環境のもとで生活し就業する権利に対する著しい侵害)であるが、原告らはその上にこれらの騒音等により、心身に対する被害、睡眠妨害、精神的被害、日常生活の種々の妨害、教育環境の悪化、乳幼児保育の阻害、交通事故の危険、職業生活の妨害、その他種々の被害を重層的に受けるに至っているものである。そのいくつかを以下に指摘する。

(ア) 健康及び身体に対する被害

騒音の身体的侵襲のうちもっとも顕著なものは聴力に対する侵襲であり、また騒音は一般に自律神経、とりわけ交感神経を刺激して、身体各部に種々の生理的障害を生ぜしめるものであるが、小松飛行場周辺の騒音地域における原告ら住民の健康及び身体に対する被害は原告らの医学調査によっても以下のように窺うことができる。

① 騒音地域の原告ら住民は騒音によって日常生活に多くの障害があると訴えているところ、右調査によると、その被害は生活妨害や情緒障害だけではなく、身体の障害においても、非騒音地域の住民のそれと比べて顕著にあらわれている。

② 騒音地域の原告ら住民には、健康度調査において多愁訴性、情緒不安定、心身症傾向等の健康障害が、非騒音地域住民に比し有意に高率であることが認められる。

③ 騒音地域の幼児について情緒や性格形成のうえで発達障害があり、非騒音地域の幼児に比し問題行動保有数において有意の差があり、騒音地域のなかでも騒音レベルが大きくなるほど不安や攻撃性、孤立性等問題行動の多くなることが示されている。

④ 騒音地域の原告ら住民の血圧は非騒音地域住民に比して有意に高く、騒音地域のなかでも騒音コンターの高いほど血圧が高くなる傾向が認められている。

⑤ 聴力検査では、騒音地域の原告ら住民の聴力が障害され、そのための耳鳴りや難聴の訴えが非騒音地域の住民に比し有意に高率であること、また、騒音地域の原告ら住民の平均聴力損失値が、五〇才以下という比較的若い年代においても、非騒音地域住民と比較して、約六デシベルに及んでいることが認められている。

⑥ 病人にとっても騒音が療養上障害を与え、特に病状の悪いときに大きな被害をもたらしている。

(イ) 精神的被害

軍用機騒音は日常生活上他に類をみない程強大であり、かつ金属性激痛音であって、かかる騒音に日夜さらされている原告らはいずれも強い不快感、いら立ちや疲労感を訴えている。そして日常的に存在する墜落の恐怖や不安におびえている。

これまで長年にわたって頻繁に襲いかかる騒音や危険の下での生活を強いられてきた原告らの日々の苦痛は真に耐え難いものとなっている。

(ウ) 睡眠妨害

騒音が睡眠の妨害となることは経験則上明らかであるが、四〇ホン(A)の騒音ですでに睡眠が妨害され、その支障は断続的な騒音であっても変わらない。音響の刺激は眠りに入るのを遅らせ、覚醒を早め睡眠の深度を浅くする。

原告らは強大な軍用機騒音により深刻な睡眠妨害を受けており、その苦痛を強く訴えている。

このような睡眠への影響は単に日常生活の支障となるだけではなく、勤労による疲労の回復を妨げ、病気療養の妨げとなり、さらには睡眠不足による疲労や精神的不快感などがストレス作因となって、他の疾病を誘発する一契機となる等健康に対する重大な影響につながるものである。

(エ) 日常生活の妨害

騒音による被害は広くかつ深く日常生活全般に及んでいるが、その最たるものは家庭の団らんの破壊である。

家庭は憩いの場であって、一日の活動による疲労を回復し、明日への活力を培い、勤労・学習の意欲を養うのに欠かすことのできない生活域である。しかるに、原告らの家庭においては強烈な騒音のため、家庭での会話・電話による通話・ラジオ・テレビの視聴が著しく妨げられ、静かに会話や読書をしたり、ラジオ・テレビを楽しんだり、音楽を鑑賞したりして一家団らんでくつろぐことは不可能な状況にあって、家族全員がイライラし、互いの話が聞きとれないため大声で怒鳴り合い、ささいなことですぐ腹を立てるような状態に陥るなど深刻な被害を受けている。

また、注意力が集中できず、思考が中断され、新聞・雑誌を読み、手紙を書く等の日常行為も妨げられ、家事・労働・学習・営業の能率の低下も著しく、その被害は真に由々しきものである。

(オ) 教育環境の悪化

子供は強烈な軍用機騒音のため落ち着いて勉強することができない。学校においては騒音によって授業がしばしば中断されてリズムを狂わされ、児童・生徒の関心・興味もそらされるなど極めて広範な被害を受けている。

家庭においても静かに、注意力を集中して学習することは不可能である。子供らは常にいらいらして落ち着きがなく、そわそわした態度が目立ち、思考力・集中力が減退し、大切な成長期にあるだけにその受ける被害は甚大であり、人格形成上取りかえしのつかない損失である。

(2) 以上に指摘した、長年にわたる原告らの本件被害の特質は、第一に被害の範囲が極めて広い領域にわたっていることであり、第二に被害の態様が多種多様に顕われていることであり、第三に被害の程度が身体的被害にまで及び深刻かつ重大であることである。

そして、これらの被害はすべての原告に共通して発現し、又は発現する可能性を強く有しており、その上個々の被害は密接な関連をもって、一方が他方の原因となるとともに結果ともなるというように、重層的相乗的にその悪影響を増大させ、原告らの被害の様相を由々しき事態としているのである。

更に、原告らの被害は基本的人権の最も基礎にある平和な環境の下に生存するという基本権の侵害にまで及んでいるのである。

3  自衛隊などの違憲性

原告らは、既に述べた通り、小松飛行場に離着陸する航空自衛隊及びアメリカ合衆国軍隊の軍用機が発する激甚な騒音、及びそのエンジン整備等の轟音により各種の甚大な被害を被っているものであるが、そもそも航空自衛隊及びアメリカ合衆国軍隊の日本国内に於ける存在は日本国憲法に著しく違反するものであり、その諸活動は速やかに禁止されなければならない。

改めて断わるまでもなく、日本国憲法は、その前文において日本国憲法制定の精神及び平和主義の原則を宣言し、第九条はこの原則に基づいて、自衛のためであるか侵略のためであるかの如何を問わず全ての戦争と戦力の保持を禁じているのであるから、航空自衛隊及びアメリカ合衆国軍隊の日本国内における存在と諸活動がこれに違反し違法であることは極めて明らかである。

4  被告の責任

(一) はじめに

原告らは、前記のとおり航空自衛隊及びアメリカ合衆国軍隊の軍用機が小松飛行場に離着陸するに際して、また、そこにおいて、エンジン調整及び整備作業がなされるに際して発する激甚な騒音に暴露されて、各種の甚大な被害を被っており、そのために人格権、環境権が侵害されているばかりか、本件飛行場が軍事基地として使用されているため基本的人権のなかでも最も根源的な権利である平和的生存権をも著しく侵害されているものである。

しかして、被告は、前述の如く小松飛行場を設置・管理し、これを航空自衛隊の基地として自ら使用しているものであり、昭和五七年一一月以降は安保条約第六条及び地位協定第二条に基づきアメリカ合衆国軍隊にも使用させているものであるから、その設置・管理に起因する原告らの前記被害に対し、騒音発生行為の中止及び排除並びに損害の賠償をなすべき法的責任を負っているものである。

(二) 差止請求

原告らは、憲法第一三条及び第二五条に基づき、人間個人の生命、身体、精神及び生活の利益のような人間としての生存に基本的かつ不可欠な利益の総体としての人格権、及び、国民が健康で快適な生活を維持しうる外的条件であるところの良好な環境を享受し、且つ支配しうる権利としての環境権、並びに平和的手段によって平和状態を維持し、その下で快適な生活をする権利としての平和的生存権を保有している。

そして、右の人格権・環境権若しくは平和的生存権が侵害され、または侵害される危険が差し迫った場合には、右権利に基づき直ちにその違法行為の差止めを求めることができるところ、原告らは前記のように違憲にして違法な継続的侵害行為により深刻かつ広範な被害を被り右各権利を著しく侵されているのであるから、被告に対し、かかる侵害行為の差止めを請求することができるというべきである。

よって、原告らは、被告に対し、請求の趣旨1(一)及び(二)記載の各措置を求める。

(三) 慰藉料等請求

(1) 小松飛行場の設置・管理の瑕疵

冒頭に指摘したとおり、小松飛行場は被告が設置・管理する公の営造物である。

ところで、小松飛行場に離着陸するに際して、またエンジン調整等の作業がなされるに際して、航空自衛隊及びアメリカ合衆国軍隊の軍用機が激甚な騒音を発するため、原告らの居住地並びに職場所在地は極めて劣悪な環境状態に置かれている。この結果、原告らは肉体的にも精神的にも多様かつ深刻な被害を被っているのであるから、このような被害を発生せしめる本件飛行場は、営造物が通常備えるべき安全性を著しく欠くものと評価されるべきであり、その設置・管理に瑕疵が存することは明らかであるといわなければならない(国賠法二条一項にいう営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいうのであるが、営造物の通常備えるべき性質又は設備を欠くため、人に損害を与える危険のあるような場合は安全性を欠くものというべきである。)。

(2) 損害

以上の次第で、原告らは被告に対し、国賠法二条一項に基づき、次のとおり損害賠償を求める。

(ア) 原告らは、昭和三六年五月ころのジェット戦闘機F八六Fの配備以来(その後、転入、出生した原告にあっては、転入、出生の日以来)長年にわたって前記軍用機の離着陸等による騒音暴露等に苦しめられ、かつ平和的な環境の下に生活する利益を侵害されてきたが、本件各訴状送達の日(第一次訴訟については昭和五〇年一〇月七日、第二次訴訟については昭和五九年二月六日)までに被った肉体的精神的損害に対する慰藉料として各金二〇〇万円及びこれに対する右各訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(イ) 各訴状送達の日の翌日以降の肉体的精神的損害に対する慰藉料として、右各訴状送達の日の翌日から、請求の趣旨1(一)及び(二)記載の各措置がなされるまでの間、毎月末日限り各二万円宛の金員の支払を求める。

なお、右請求のうち、本件口頭弁論終結の日の翌日である平成二年三月一七日以降の請求部分は、将来の給付を求める訴えであるところ、被告は、過去長期間にわたって原告ら本件飛行場周辺住民に対し広範かつ重大な被害を与え続けてきたものであり、昭和五七年以降、右加害行為を中止しないだけでなく、かえって本件飛行場をアメリカ合衆国軍隊にも使用させてその軍事基地としての機能を一段と拡大強化し、もって著しい侵害行為を継続してきているものであるから、口頭弁論終結後においても右の違法な侵害行為が継続されることが容易に推認されるので、右請求部分は、民事訴訟法第二二六条の「予め請求をなす必要がある場合」に該当する。

(ウ) 弁護士費用

原告らは、本件訴訟につき各自金四〇万円宛の弁護士費用を支払うことを約したが、本件の複雑性、高度の専門性等の事由からして右費用の支払は最小限度のものであり、かつ本件不法行為と相当因果関係のある損害であるから、右金員の支払を求める。

二  原告らの主張に対する被告の認否

1  1(小松飛行場の現況と原告らの居住関係)について

(一) (一)について

概ね認める。

なお、被告は、アメリカ合衆国軍隊に対しては、地位協定二条一項(a)に基づき在日米軍と航空自衛隊との間の共同訓練実施のために同協定二条四項(b)の適用ある施設及び区域として本件飛行場を提供しているものである。ただし、在日米軍による小松飛行場の使用はごく短期間のものに過ぎない。

(二) (二)について

二行目及び三行目について、「軍事基地」とあるのは、航空自衛隊の部隊が所在する施設をいうのであれば、「航空自衛隊基地」というのが正しい。その余は、否認する。

四行目から八行目までについて、「第三〇三飛行隊(ジェット戦闘機F一五イーグル一八機)・第三〇六飛行隊(同F四EJファントム一八機)の編成を軸として第九移動警戒隊・第三〇一基地防空隊などを組織している。」との部分は、認める。ただし、第三〇三飛行隊(ジェット戦闘機F一五イーグル一八機)とは、F一五Dイーグルを含んだ数である。その余は、否認する。

九行目から二〇行目までについて、昭和五三年、「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」が策定されたこと、昭和五七年一一月以降本件飛行場において日米共同訓練が実施されるようになったことは認める。ただし、同訓練は、継続して実施しているものではなく、昭和五七年は一一月三〇日、昭和五八年は八月二二日から同月二五日まで、昭和六〇年は四月一日から同月四日まで、昭和六一年は四月七日から同月一一日まで、昭和六二年は七月一三日から同月一七日まで、昭和六三年は七月二五日から同月二七日まで、平成元年は四月一八日から同月二〇日及び五月三〇日から六月七日まで実施したにすぎないものである。その余は、否認する。

なお、同所の主張で、原告らは、小松飛行場があたかもソビエト・北朝鮮に軍事的威嚇と挑発を与えるためにあるように主張するが、根拠のない憶測であり、失当である。

(三) (三)について

原告らが概ね小松飛行場の周辺に居住していることは認めるが、その余は争う。

原告ら各自の居住地の所在地番等についての認否は、別紙第四「原告別居住地とWECPNL値一覧表に対する認否」記載のとおりである。

2  2(侵害行為と原告らの被害)について

(一) (一)(侵害行為)について

(1) (軍用機による騒音暴露の実態)について

(ア) (ア)について

小松飛行場に自衛隊機が離着陸していることは認めるが、その余は争う。

(イ) (イ)について

小松市が原告ら主張の各年月に騒音測定をしたことは認めるが、その余は争う。

(ウ) (ウ)について

防衛施設庁の委託に基づき社団法人日本音響材料協会及び財団法人防衛施設周辺整備協会が原告ら主張の年月日に騒音測定を行ったことは認めるが、その余は不知。

(エ) (エ)について

不知。

(オ) (オ)について

争う。

(2) (2)(軍用機の墜落等の危険)について

(ア) (ア)について

一行目及び二行目について、小松飛行場が航空自衛隊小松基地として施設面において拡張されてきたこと及びその間ジェット戦闘機等の墜落等の事故があったことは認めるが、これをもって「しばしば墜落した。」という表現は当たらない。

三行目から七行目までについては、認める。

(イ) (イ)について

小松飛行場を離着陸する自衛隊機の回数は土・日曜日及び祝祭日を除く平日の一日平均が約一〇〇回前後であることは認めるが、その余は争う。

(3) (3)(平和的環境の破壊)について

我が国の憲法が基本的人権の尊重、平和主義の理念を掲げていることは認めるが、その余は争う。

(二) (二)(原告らの被害)について

争う。

なお、原告らは、本件航空機騒音により原告らが被っている被害として、①健康及び身体に対する被害、②精神的被害、③睡眠妨害、④日常生活の妨害、⑤教育環境の悪化等を主張しているが、原告らは居住地域、年齢、生活状況等諸般の条件をそれぞれ異にしているのであって、この点を無視し包括的、抽象的な主張をしても、本訴請求の原因事実としては全く不十分なものである。原告らは、各原告ごとに被害として主張するものの内容、航空機騒音との因果関係(自衛隊機、米軍機別に)を具体的に主張すべきである。

3  3(自衛隊などの違憲性)について

我が国の憲法が平和主義の原則を宣言していることは認めるが、その余は争う。

なお、原告らは、自衛隊の違憲性についてるる主張するが、右の問題は統治行為ないし政治問題に属するものであり、司法権の判断の及ばない事項である。

4  4(被告の責任)について

(一) (一)(はじめに)について

小松飛行場を被告が設置・管理し、本件基地を航空自衛隊基地として使用していること及び昭和五七年一一月以降安保条約六条及び地位協定二条一項(a)に基づき、アメリカ合衆国軍隊がごく短期間使用することになったことは認めるが、その余は争う。

(二) (二)(差止請求)について

争う。

(三) (三)(慰藉料等請求)について

争う。

なお、(2)、(ウ)のうち、原告らが本件訴訟代理人らに本件訴訟の遂行を委任したことは認めるが、報酬契約の内容については不知。

三  被告の主張

被告の主張の詳細は、別冊「被告国最終準備書面」及び「最終準備書面引用図表」記載のとおりであるが、その骨子は以下のとおりである。

1  本案前の主張

本件差止請求及び損害賠償請求に係る訴えはいずれも不適法である。

(一) 本訴請求と統治行為ないし政治問題

本訴請求原因は、航空自衛隊及び米軍の国内における存在が憲法違反であることを前提とし、小松飛行場の運営全体ないし小松飛行場における航空機騒音の総体を違法とするものであるが、このような違法性の判断は必然的に我が国の防衛力の配備の適否を判断することになるところ、かかる事項は政治部門における高度の政治的、専門的裁量による判断にゆだねられるべきものであり、統治行為ないし政治問題に属するものであるから、本訴請求に係る訴えはいずれも不適法である。

(二) 差止請求の不適法性

(1) 差止請求の趣旨の不特定性

原告らの差止請求の趣旨は、被告に対し具体的にいかなる「作為」又は「不作為」を求めているのか特定しておらず、右請求に係る訴えは不適法である。

(2) 民事訴訟による差止請求の不適法性

原告らの差止請求中、自衛隊機に係る部分は公権力の行使そのものについての不作為を求めるものであり、民事裁判事項に属しない。また、米軍機に係る部分はその規制の実現のためには日米両国政府間の外交交渉による以外に方法がなく、被告に対し右外交交渉の義務付けを求めるものである。

(三) 将来の損害賠償請求の不適法性

本件の将来の損害賠償請求は、民事訴訟法二二六条所定の将来給付の訴えとしての要件を欠いており、右請求に係る訴えは不適法である。

2  本案に関する主張

(一) 人格権、環境権及び平和的生存権について

人格権、環境権及び平和的生存権は、差止請求及び損害賠償請求の根拠になり得ない。これらの権利は実定法上の根拠を欠くものであり、権利としての性質、内容の不明なものに排他性を認めることはできない。また、損害賠償請求の根拠としても、被害の内容は騒音障害であって利益衡量を必要とするから、これらの権利を侵害されたというだけでは不十分であり、全く意味がない。

(二) 国賠法の解釈、適用について

大阪空港最高裁判決(最高裁判所昭和五六年一二月一六日大法廷判決・民集三五巻一〇号一頁)は、国賠法二条一項の「設置、管理の瑕疵」にいわゆる供用関連瑕疵を含める解釈を示しているが、これは大阪国際空港という特に立地条件が劣悪な空港に関する事案について適用されたもので、小松飛行場のように立地条件に問題がない事案には適用がなく、小松飛行場の設置・管理の瑕疵は否定されるべきである。

国賠法二条一項に基づいて損害賠償請求をする場合は、原告側が危害発生の危険性の存在、予見可能性の存在、回避可能性の存在について主張・立証責任を負うが、本件において原告らは右要件事実の主張・立証をしていない。

(三) 違法性判断の方法と基準について

小松飛行場使用の違法性判断は、侵害行為の態様と侵害の程度、被侵害利益の性質と内容、侵害行為のもつ公共性ないし公益上の必要性と程度、被害の防止に関する措置の有無及びその内容、効果等の諸事情を全体的かつ総合的に判断すべきである。

(四) 違法性判断の考慮要素について

(1) 小松飛行場の平日の一日の飛行回数は約一〇〇回程度であり、一地点において発生する騒音はその約半数である。騒音の発生時間帯は、午前八時から午後五時三〇分まで又は午後八時まで(週二回)であり、この間に六回又は八回以内に集中的に騒音が発生する特徴がある。人々が特に静穏を必要とする夜間、土、日曜日、祝祭日における飛行は対領空侵犯措置、救難活動等のやむを得ない場合を除きほとんどなされていない。そのほか、自衛隊は、昼休み時間の飛行を規制したり、市街地上空の飛行を避けるための飛行経路を設定するなど住民生活にできるだけ配慮した運航をしており、小松飛行場の騒音は周辺住民に対し受忍の限度を超える程度に不当なレベルには達していない。

(2) 被侵害利益

飛行場周辺の航空機騒音は、最大でも人に身体的危害を発生させるものではなく、うるささによる不快感と生活妨害の問題に尽きるのである。これらは個人の主観的条件により本質的に異なる主観的反応であり、その定量的把握は容易ではない。一般的にいえば、小松飛行場周辺において、航空機騒音により極めて限定された時間帯において一時的に会話妨害、テレビ・ラジオ聴取妨害、思考・読書等の知的作業の妨害が発生し、時に睡眠妨害が生ずることはあり得ることである。しかし、右(1)の航空機騒音の発生状況によれば、その生活妨害及び精神的不快感は重大かつ深刻な程度とはいえず、生活の快適さを若干損なう程度のものである。

(3) 公共性

小松飛行場の使用は我が国の独立国としての平和と安全を確保するために不可欠のものであり、その公共性ないし公益上の必要性は我が国の存立の基本にかかわる極めて重要かつ高度なものである。小松飛行場における自衛隊機の具体的運航についてみても、領空侵犯に対する措置、救難活動はいうに及ばず、運航回数の大部分を占める練成訓練も防衛組織の能力維持のため必要不可決であり、極めて重要なものである。

(4) 騒音防止対策

(ア) 運航対策

航空自衛隊は、航空機の運航による周辺住民への影響に配慮し、地元自治体の要望に基づく協定に基づき、訓練効率の低下にも耐えながら諸種の騒音軽減運航対策を実施している。防衛施設の機能と住民生活の調和のある共存を求める航空自衛隊のこれらの対策は、実際上も有形、無形に住民の騒音障害の軽減に大きく寄与しているものであり、高く評価されるべきである。

(イ) 周辺対策

被告は、小松飛行場における騒音障害軽減のため、当初は行政措置により、その後は周辺整備法、生活環境整備法により各種の政策的補償措置を採ってきており、現在では、防衛施設周辺に対する全体的、地域的対策及び移転補償、住宅防音工事等の各個人に対する助成ないし補償的対策を含めた総合的な対策を効果的に巨額の費用を投じて実施している。これらは、防衛施設と周辺住民の調和のある共存を目的として政策的補償措置として実施されているものであるが、その内容は充実しており、住民の騒音障害の軽減に直接又は間接的に十分な効果を挙げている。

(5) 結論

以上の諸事情を総合すれば、全体として原告らの騒音障害は社会生活上の受忍限度内にあり、小松飛行場の使用が違法とされる余地はない。

(五) 危険への接近について

原告らのうち、昭和三六年六月一日以降現住居地に転居してきた者は、航空機騒音の存在を認識して転入したものであり、騒音障害の容認が推定できるから、その騒音障害は受忍すべきものであり、損害賠償請求は否定されるべきである。

(六) 時効の抗弁

仮に、原告らに何らかの損害が生じているとしても、第一次訴訟について(弁護士費用を含む。)は、原告らが訴えを提起した昭和五〇年九月一六日から、第二次訴訟について(同)は、同様に昭和五八年三月四日からそれぞれ三年以前までに生じた損害についての損害賠償請求権は時効によって消滅している。

なお、時効の中断その他の右消滅時効に関する原告らの次の四の主張は否認し、争う。

四 被告の主張に対する原告らの認否及び反論

時効の抗弁に関しては、鉱業法一一五条二項の準用又は類推適用により消滅時効が進行しないと解すべきである。また、昭和五〇年一〇月四日「小松基地周辺の騒音対策に関する基本協定」によって、被告は本件損害賠償債務を承認し、又は時効の利益を放棄したというべきである。被告が右協定を十分履行しないなどの背信的事情に照らして、被告の主張する消滅時効の援用は、信義則に反しかつ権利の濫用である。

その余の詳細は、前記別冊原告ら最終準備書面に記載したとおりである。

第三 証拠<省略>

理由

(事実認定に供した証拠について)

一書証の成立関係<省略>

二証拠の略称<省略>

第一小松飛行場の現況・沿革と原告らの居住関係等の概要

一小松飛行場の現況・沿革・使用状況

<証拠>を総合すれば、次の事実を認めることができる(また、その大部分は、当事者間に争いがない事実である。)。

1  小松飛行場の現況

小松飛行場は、石川県小松市向本折町に所在し、被告最終準備書面引用図表第1図の青線で囲む区域からなる飛行場で、平成元年三月末現在、長さ約二七〇〇メートル幅約四五メートルの滑走路、長さ約六〇〇メートル幅約四五メートルのオーバーラン、延長約四八七〇メートル幅約二三メートルの誘導路及び面積約九万三〇〇〇平方メートルのエプロンを有しその総面積は約四二四万七四〇〇平方メートルである。

小松飛行場は、被告(防衛庁長官)が航空自衛隊の基地として設置し、(内部的には航空自衛隊小松基地司令が)管理する飛行場であるが、その一部である被告最終準備書面引用図表第1図の緑斜線部分(以下「緑斜線部分」という。)は、航空自衛隊と米軍との共同使用が認められている施設及び区域である。また、同図黒斜線部分は、運輸省が公共の用に供すべき施設として指定した区域である。

2  小松飛行場の沿革

小松飛行場は、そもそも旧海軍省が昭和一六年から一九年に海軍航空基地として建設したもので、終戦後の昭和二〇年一一月に連合国軍を構成する米軍によって接収、整備拡張され、昭和二七年四月二八日連合国と日本国との平和条約が発効してから後は、旧安保条約三条に基づく行政協定二条一項に基づいて、米軍に提供されることとなった。米軍は、昭和三二年基地業務を閉鎖し、昭和三三年に小松飛行場は日本国に返還された。

右返還後の昭和三四年三月一〇日、防衛庁は、大蔵省(大蔵大臣)から民間航空との併用を条件として使用の許可を得、昭和三五年、小松基地新設工事を施して臨時小松基地を設置し、翌三六年、小松基地と改称して臨時小松派遣隊を編成し、同年四月二五日宮城県松島基地からF八六F昼間ジェット戦闘機を主力装備とする第八飛行隊を、同年五月一七日北海道千歳基地から同様の装備を有する第四飛行隊を移駐させて、臨時小松派遣隊の編成下に入れた。

昭和三六年六月二九日、防衛庁長官は、小松基地の主要施設の工事完了に伴い、自衛隊法一〇七条五項に基づく飛行場及び航空保安施設の設置及び管理の基準に関する訓令二条に基づき、自衛隊の飛行場施設として小松飛行場を設置し、同訓令九条、一九条により飛行場に関わる事項等につき告示した。同年七月一五日、防衛庁は、小松基地に第六航空団を編成した。編成時の主な装備は、F八六F昼間ジェット戦闘機約五〇機、T三三Aジェット練習機約一〇機等であった。

そして、防衛庁は、滑走路延長工事等を実施し、第八飛行隊を山口県岩国基地に移駐したりした後、昭和四〇年三月三一日、小松基地にF一〇四J全天候ジェット戦闘機二〇機を主要装備とする第二〇五飛行隊を新編成した。

昭和四九年一二月、防衛庁は、小松市に対しF四EJ(ファントム)を配備したい旨正式に申し入れ、昭和五〇年六月、F八六Fを主要装備とする第四飛行隊を整理解隊した。昭和五〇年一〇月四日、F四EJの配備に関連し、防衛施設庁と石川県、小松市等関係市町村との間に「小松基地周辺の騒音対策に関する基本協定」(以下「一〇・四協定」という。)が結ばれ、昭和五一年一〇月二六日、防衛庁は、F四EJジェット戦闘機一六機を北海道千歳基地及び茨城県百里基地から移駐し、それを主要装備とする第三〇三飛行隊を新編成して第六航空団の編成下とした。

昭和五六年六月三〇日、防衛庁は、F一〇四Jを主要装備とする第二〇五飛行隊を解隊し、F四EJ一八機を主要装備とする第三〇六飛行隊を新編成して第六航空団の編成下とした。

昭和五七年一一月一五日、日米合同委員会において、地位協定二条一項(a)に基づき、日米共同訓練実施のために同協定二条四項(b)の適用ある施設及び区域として小松飛行場の一部(緑斜線部分)を米軍に提供することについての合意がされ、これに基づいてその一部が提供されることとなった。

昭和六二年一二月一日、防衛庁は、第三〇三飛行隊の主要装備をF一五J、DJ(イーグル。以下、単に「F一五J」という。)一八機に改編した。

平成元年三月三一日現在、小松基地には、F四EJ全天候ジェット戦闘機(ファントム)一八機、F一五J全天候ジェット戦闘機(イーグル)一八機、T三三Aジェット練習機一〇機、ヘリコプター(V一〇七)三機、捜索機(MU二)二機、以上合計五一機の航空機が配備されている。

3  小松飛行場の使用状況

(一) 自衛隊の使用について

昭和三六年七月に第六航空団が新編されてから現在に至るまで、同航空団は、航空総隊隷下、中部航空方面隊直轄部隊の航空団として、戦闘機による防空行動、陸上及び海上の行動に対する支援並びに領空侵犯に対する措置を主要任務とし、日本海側における中心的な自衛航空基地としての機能を果たしている。

(二) 米軍の使用について

昭和五七年地位協定により、日米共同訓練等の実施のために米軍に新規提供されたが、実際に米軍が使用した回数は多くない(具体的には、後記のとおり)。

(三) 民間航空機の使用について

昭和二八年に民間機が操業を開始したのを初めとして、昭和三〇年に小松―大阪定期便が開設され、昭和三三年に全日空によって小松―名古屋―東京定期便が開設され、昭和三五年四月に防衛庁・運輸省の両事務次官による「小松飛行場に関する協定」が結ばれ、昭和三六年には公共用飛行場として告示され、自衛隊と民間航空との共用飛行場となった。その後、定期便が増設され、国内線として四路線(合計一日九往復)、国際線としてソウル便(合計一週二往復)が運航されている上、臨時に、世界各地に向けて国際チャーター便の運航が行われている。

二原告らの居住関係等

1  小松飛行場周辺の状況について、<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。

小松飛行場の北西は、大略一ないし二キロメートルの巾で日本海に近接し、その間を北陸自動車道が走り、飛行場の北部及び西部は、北部に小松市安宅町、浮柳町、安宅新町等の集落があり、西部に工業団地があるほかは主として農業的利用が行われており、飛行場の南西部はゴルフ場となっている。飛行場の東部は、農地を隔てて小松市の市街地となり、ほとんど住宅及び商業等の都市的土地利用が行われている。飛行場の南部及び東南部は、日末町、佐美町等の集落を除くと主として農業用地として利用されている。

2  原告らの大半は、小松飛行場周辺につき昭和五九年一二月二〇日までに防衛施設庁が告示した生活環境整備法四条所定の第一種区域内に居住し、又は以前に居住していたものである(以上の事実は当事者間に争いがない。なお、原告らの居住地、居住開始時(年月)及び居住地に係る生活環境整備法の規定に基づく区域指定については一部争いがあるが、右は、原告らの各請求の当否を全体的に検討したのち、その結論を導く過程において個別に認定する必要がある範囲で、後に検討することとする。)。

第二本件訴えの適法性等

一人格権、環境権及び平和的生存権等、本件各請求の根拠について

被告は、原告らが本件離着陸差止等請求及び損害賠償請求の根拠として主張している人格権、環境権及び平和的生存権は、その要件及び効果が不明確であり、実定法上の根拠を欠く権利であって、それ自体としては本件各請求の根拠とならない旨主張するので、まず、前提問題としてこの点について判断しておくこととする。

1  人格権について

原告らが本訴において人格権の侵害であるとして主張しているものの実体は、騒音、振動等によって日常会話や睡眠等の人間が生活していくうえで当然守られるべき必須条件を侵害されたというものであり、更にはかかる騒音等によって難聴等の身体的被害が生じたというものであるところ、人の生命、身体への侵害が不法行為となることは、すべての権利の侵害が不法行為となることを規定した民法七〇九条や、身体、自由、名誉等に対する侵害が不法行為となることを規定した同法七一〇条に照らして疑いないところである上、直接このような規定の存しない生活上の利益、例えば円滑に他人と会話を交わし、休養や睡眠をとる等、平穏な日常生活を享受する利益も、人たるに値する生活を営むためには不可欠であり、かつ、かかる利益も一般的に差止請求権や損害賠償請求権の根拠となることが肯定されている物権や準物権等の財産権以上に重要なものということができる。そして、これらの利益が古典的な物権等に対する侵害として保護されるとは限らない以上、右生命、身体等を含めた人格に関する利益を人格権と総称して法的保護の対象とし、その侵害行為に対する差止請求権及び損害賠償請求権を肯認するのが相当である。被告が右権利を否定する根拠として主張する概念の不明確さとこれに伴う法的不安定さは、具体的事案を検討する過程において、侵害に係る利益の具体的内容を個別的に特定し、これが法的保護に価することを明確にすることによって回避できると考えられるから、右は人格権概念を否定する決定的な理由となるものではない。

2  環境権について

原告らが主張する環境権とは、良き生活環境を享受し、かつこれを支配しうる権利であるということであるが、このような抽象的内容にとどまる限り、実体法上の根拠が皆無である(憲法一三条や二五条によって、直ちに、私法上の権利としての性格が与えられたと解することはできない。)のみならず、その要件、効果等が明確でないなど、権利として未成熟であって、法的権利として確立したものと認めることはできない。原告らが主張する環境利益の侵害は、これが個人の具体的、基本的生活利益の侵害となる限り、前記のような意味における人格権の侵害の問題として把握することができ、そのなかで法的保護をはかることができるものであり、現時点における法解釈及び本件の解決としては、これをもって足りる。

3  平和的生存権について

原告らの主張する平和的生存権とは、平和的手段によって戦争及びその危険の存しない良好な環境を享受し、かつこれを支配する権利であって、軍事施設の存在や軍事行動によって、右平和的な環境が侵害されるときはこれを排除することができ、その根拠は直接的には憲法前文にあり、憲法九条、一三条にも根拠を有する、というものである。

日本国憲法が国民主権主義とともに国際的恒久平和主義の理念を基盤としていることは、その前文、第九条等の記載に照らして明らかであり、この点は異論のないところといえる。すなわち、憲法前文第二段を見るに、第一文では、「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」とその決意を宣明し、第二文では、「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。」と望ましい国際社会とその中における日本の立場と希望を宣明し、更に第三文では、「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」とあるべき世界像を確認している。これが敗戦を契機として「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し」(同前文第一段)たことと補強し合って、国際的恒久平和主義の理念を力強く宣明するものであることは、疑う余地がない。憲法は、これを単なる「崇高な理想と目的」として定めたものではなく、「日本国民が国家の名誉にかけて全力をあげて達成すべきもの」(同前文四段)と定めたものである。そして、この見地から、憲法は、第二章の「戦争の放棄」(九条)と、九八条二項の条約及び確立された国際法規の遵守を規定したものであることも明らかである。

かくして、日本国憲法上、平和主義が、国民主権主義と基本的人権の擁護(憲法第三章及び九七条)とともに、三大原理ないし三大理念というべきものを構成していることは明らかであるが、そうであるからといって、憲法が原告らが主張するような私法上の実体的権利としての「平和的生存権」を定めているかどうかは、右の憲法前文全体の文脈に照らしても甚だ疑わしいといわざるを得ない。けだし、例えば、その第二段第三文を見ても、その文意からして、「平和のうちに生存する権利」が日本国民だけの「権利」を定めたものでないことは明らかであるところ、この点を措いて文章を素直に読んでも、これが個々人の私法上の実体的権利を定めたものと読み取ることは到底困難である。そして、そもそも、憲法前文や九条から明らかな右平和主義が、どのような形態の紛争、訴訟においてどのような態様で裁判規範として機能し作用すべきかは、それ自体検討すべき点が多いが、平和主義に係るこれらの規定ないし記述が優れて公法的な性格を有する規範であることは明らかであり、前示の憲法の記述、構成などに照らしてこれが公法秩序上、特に政治規範、政治理念として最大限に尊重されるべきことは当然としても、一般私法秩序に係る紛争、訴訟において平和主義ないし平和的生存権が主張される場合にあっては、そこにいう「平和」の概念が、個々人の私法上の権利の目的、対象としては余りにも抽象的であり、かつ多義的であるから、このような内容、趣旨の「平和的生存権」は、私法上これを根拠として一定の給付を請求しうるような具体的な権利と見ることができないものというほかない(いわゆる百里基地訴訟についての最高裁判所平成元年六月二〇日第三小法廷判決・民集四三巻六号三八五頁参照)。

加えて、後に被告の主張する統治行為理論に関して論ずるとおり、本件事案は、被告の設置・管理する飛行場において被告ないし被告の承諾を受けた米国の飛行機が離着陸しているという、原告らの私法上の権利関係とは直接関係がない事実行為があるにすぎないものである。もとより、これから生じる騒音等によって原告らが日常生活上甚大な被害を受けているという主張を契機として、右設置・管理の「瑕疵」の存否とこれに伴う損害賠償請求の当否や、一定の差止請求の可否・当否が検討されることになるのであるが、その際問題とされるのは、騒音等により原告らが日常生活上受けている被害の具体的な内容、程度であって、個々人としての原告らの「平和」(このような表現自体奇妙なものではあるけれども)が侵害されたかどうかではない。すなわち、例えば騒音について見るとき、その発生源たる飛行機の離着陸、運航の法的根拠が何であるかによって、あるいは、その飛行機が自衛隊機であるか民間の一般旅客機であるかによって、原告らの受ける日常生活上の被害の内容、程度が増減左右されることはあり得ないのである。したがって、原告らが主張するような「平和的生存権」を憲法が規定ないし内包しているかどうかは、本件の結論を何ら左右しないものというべきである。本件にあっては、原告らの請求の根拠として前示人格権だけを認めれば足りるものであり、本件を離れて、憲法が平和的生存権なるものを規定しているか、あるいはこれが憲法一三条の幸福追求権に含まれているかどうかについては判断する必要を見ない。

なお、右のような事案の性質上、本件は自衛隊が憲法九条に反するかどうかを判断すべき適格を欠くといわざるを得ないが、この憲法判断をしなくとも、小松飛行場における自衛隊機の運航が「私法的な価値秩序のもとでの社会の一般的な観念として」(前示最高裁判所判決の説示参照)反社会的なものであるか、一定の社会的有用性・公共性を有するかどうかという点について評価することは可能である。この点は、次の二の1の(三)と三の1の「統治行為論について」の各項と、後の第六の二の「公共性」の項で論ずる。

二離着陸等の差止請求に係る訴えの適法性

1  自衛隊機の離着陸等の差止請求について

(一) 自衛隊機使用の法律関係

前記のとおり、小松飛行場は、被告(防衛庁長官)が航空自衛隊の基地として設置し、管理する飛行場であるが、その関係法令は次のとおりである。

(1) 小松飛行場の設置・管理の法律関係

(ア) 我が国における飛行場の設置・管理、航空活動の維持、運営は、航空法の適用の下になされているが、自衛隊機については、その任務の特殊性に鑑み、自衛隊法一〇七条により、大幅にその適用が除外されている。その主なものは次のとおりである。

一般的な適用除外事項(同法一〇七条一項)としては、飛行場、航空保安施設の設置に係る運輸大臣の許可(航空法三八条一項)、航空機の耐空証明を受ける義務(同法一一条)、航空機の騒音基準適合証明(同法二〇条の二)、航空機の運航従事者の資格の技能証明(同法二八条一項、二項)、操縦教育の制限(同法三四条二項)、航空機の国籍の表示、航空日誌、航空機備付書類(同法五七条ないし五九条)、航空機に乗り組む従事者(同法六五条、六六条)、爆発物等の輸送禁止(同法八六条)、物件の投下(同法八九条)、落下傘降下(同法九〇条)、運輸大臣の報告徴収及び立入検査(同法一三四条一項、二項)が適用除外事項とされており、そのほかに防衛出動(自衛隊法七六条一項)、命令による治安出動(同法七八条一項)、要請による治安出動(同法八一条一項)、災害派遣(同法八三条二項)の各場合についても、種々の適用除外事項が定められている。もっとも、運輸大臣の航空交通の指示(航空法九六条)、飛行計画及びその承認(同法九七条)等適用除外とされていない事項もある。

(イ) 防衛庁長官は、自衛隊法一〇七条五項に基づき、「飛行場及び航空保安施設の設置及び管理の基準に関する訓令」(昭和三三年一二月三日防衛庁訓令第一〇五号。昭和四五年三月一〇日改正。)を定めている。右訓令には、飛行場及び航空保安施設の設置者を防衛庁長官とするほか、飛行場の設置基準、進入表面、航空保安無線施設の設置基準等、飛行場及び航空保安施設の設置及び管理に関する基準等に関する諸規定が置かれている。

小松飛行場についても、同長官は、右訓令の基準に準拠して、飛行場の名称位置等、進入表面等について告示している。

(ウ) 右訓令一三条に基づき、小松飛行場の管理者は、内部的に、航空自衛隊小松基地司令とされている。同司令が有する管理権の内容は、小松飛行場を同訓令三条の設置基準に適合するよう維持すること、点検清掃等により飛行場の設備の機能を確保すること等、飛行場の施設を整備、維持することを内容とする。

(2) 自衛隊機の運航権限

自衛隊の航空機は、被告がこれを保有し、運航するものである。その具体的な運航権限は、「航空機の使用及びとう乗に関する訓令」(昭和三六年一月一二日防衛庁訓令第二号。平成元年三月一四日改正。)二条七号所定の航空機使用者(小松飛行場にあっては、第六航空団司令及び小松救難隊長)に与えられており、同訓令三条により、次の場合に自衛隊機を使用することができるとされている。

(ア)自衛隊法第六章の規定により行動を命ぜられた場合又は行動する場合において航空機を使用する必要があるとき、(イ)同法九九条から一〇〇条の四までに規定する業務を行う場合において航空機を使用する必要があるとき、(ウ)教育訓練に関し航空機を使用する必要があるとき、(エ)航空機及びその装備品又は航空燃料に関する整備等に関し航空機を使用する必要があるとき、(オ)偵察、連絡、観測、測量、写真撮影若しくは調査又は隊員の輸送若しくは整備等のために航空機を使用する必要があるとき、(カ)自衛隊に係る事故又は災害のための捜索救助又は調査のために航空機を使用する必要があるとき、(キ)隊員の航空適性検査又は航空従事者の技能を維持するための訓練として行う飛行のために航空機を使用する必要があるとき、(ク)同訓令七条一項各号に掲げる者を同乗させるために航空機を使用する必要があるとき、(ケ)以上に掲げる場合のほか、部隊等の任務を遂行するために航空機を使用する必要があるとき、(コ)その他長官が特に命じ又は承認したとき、以上の場合に使用することができるとされている。

ところで、自衛隊機の航空活動については、運航に関する諸規定を含め航空法の適用が大幅に除外されているが、任務の円滑な遂行と運航の安全性の確保を目的とする内部規定を定め、それらに従って、第六航空団司令及び小松救難隊長の指揮の下に自衛隊機の運航が行われている。

(3) 被告の航空交通管制権

運輸大臣は、航空法一三七条三項、同法施行令七条の二に基づき、小松飛行場に係る航空交通管制業務について、飛行場管制業務、進入管制業務、ターミナル・レーダー管制業務及び着陸誘導管制業務を防衛庁長官に委任し、同法施行規則一九九条二項に基づく「航空管制業務に関する告示」(昭和三七年五月四日運輸省告示第一四一号)等によって、小松飛行場の右管制業務を行う機関を航空自衛隊小松管制隊とした。

これにより、小松飛行場に離着陸する航空機に対しては、航空路管制業務は東京管制区管制所が、その余の飛行場管制業務等は航空自衛隊小松管制隊が行っている。

(二) 民事訴訟による自衛隊機の離着陸等の差止請求の適法性

被告は、自衛隊機の離着陸等に係る差止請求は、自衛隊法等に基づき実施されている事実行為たる公権力の行使そのものについての不作為を求めるものであって、民事訴訟事項に属さない旨主張するので、前述の法律関係を前提として、この点について判断する。

一般に、公権力の行使に該当する行為は、その行使の主体たる行政機関が国民に対する優越的意思決定の権能を有し、相手方の意思如何にかかわらず、その決定の受忍を第一次的に強制しうるものであって、このような効力、即ち公定力を付与された行為については、これを争う者が特別な争訟手続によらねば排除できないことはいうまでもない。

しかしながら、行政機関の行う行為のすべてが右のような特別の効力を有するわけではなく、現実には公権力の行使の性質を有しない多様な行為によって行政目的を達成しているのが通常であって、このことは防衛の分野においても同様であるところ、自衛隊機の離着陸・運航そのものの性質は、右(一)で検討した関係法令を検討してみても、国民に対する公権力の行使を本質的内容としない内部的な職務命令とその実行行為にすぎないものというほかなく、直接一般私人との関係で、その一方的意思決定に基づき、権利義務に影響を及ぼすものではないので、これを右公定力を付与された行為とみることは到底できないものである。

そして、公定力を有しない行為は、それが行政目的を達成するのに必要な行為であっても、これによる侵害利益との比較衡量において民事上の差止請求の対象となり得ると解すべきものであり、このことは、自衛隊機の離着陸等をこれを包含する防衛行政の名称で統括し、その行使の一場面と解することによって変ずるものではない。国民生活に第一次的責任を負担する行政機関の専門的判断は、格別に不合理であると認められない限り、司法上の判断においても尊重されるべきものであるが、そのことの故に、およそ本件のような自衛隊機の離着陸等に対する民事上の差止請求がなし得ないと解することはできず、その他本件に顕れた一切の事情を考慮しても、被告の前記主張は採用の限りではない。

(三) 統治行為論について

被告は、本件離着陸差止等請求の原因について判断することは我が国の軍事力又は防衛力の配備について判断することになるが、これらの事項は統治行為又は政治問題として、司法裁判所の判断事項に属さない事項であるから、右請求自体が不適法である旨主張する。よって、この点について検討する。

自衛隊は、「わが国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対しわが国を防衛することを主たる任務」(自衛隊法三条一項)として設置されたもので、万一他国からの直接又は間接の武力攻撃があった場合はこれを武力で排除することを基本任務とする我が国の防衛組織であるところ、他国からの侵略行為が国家国民の存亡に関わり、これに対して我が国が如何なる措置を講ずるべきかということが極めて重大な政治問題であり、国家統治の基本に関わる高度に政治的な事項であることは、疑う余地がない。

すなわち自衛隊法及び防衛庁設置法は、憲法前文が宣明する前示国際的恒久平和の理想にもかかわらず、現在の国際情勢上国民の安全と生存を確保するための自衛手段として一定範囲の防衛力を保持することが必要であり、かつこのような趣旨において一定範囲の防衛力を保持することは憲法九条に反しないとの解釈の下で制定された法律であることは、公知の事実である。そして、これを基本法として設置された自衛隊の基本的組織と運営を具体的にどのようにすべきかについては、当該時点における国際情勢、諸国の軍事力、外国からの侵略の危険性の存否、程度等に関する高度に専門的知見、分析と、これを前提とした上での高度に政治的な判断を必要とするものであることは、論ずるまでもない。このような高度に政治的かつ専門的な判断を要する最重要事項については、憲法の柱というべき国民主権主義上、第一次的には主権者たる国民に直接の政治責任を負う「国権の最高機関」たる国会の判断が尊重されるべきであり、またこの国会で保持することにした一定範囲の防衛力についての具体的配置及び運営等に関しては、国会に基盤を置く内閣の専門的知見に基づく判断が尊重されるべきである。そして、このような事項については、司法上の判断が一定の制約を受けることがありうるのであって、第一に、当該事案の性質・内容、司法救済の必要性・相当性・可能性等々を総合判断した上で、事件が憲法適合性の判断をすべき適格性を有するかどうかを考慮する必要があり、また、この適格性が是認されたときにおいてもなお、一定の場合には専ら国会・内閣が判断すべき政治問題として司法上の判断が許されないのではないかを論ずる必要がありうるし、あるいはまた事案に相応した特別の解釈基準を確立すべき場合がありうることは、更に論ずるまでもないところである。

しかしながら、本件にあっては、被告が主張するような政治問題論、統治行為論を論ずる必要を見ない。

けだし、本件は、まずもって、被告の設置・管理する飛行場において被告の飛行機ないし被告の承諾を受けた米国の飛行機が離着陸して運航しているという事実行為があるにとどまり、この事実行為自体は元来原告らの私法上の権利を何ら侵害するものではない(前示のとおり、原告らが主張するところの「平和的生存権」は本件請求の根拠としては認められない。)。しかるところ、これが原告らの私法上の権利と関係してくるのは、右の運航によって騒音等が生じ、この物理現象により原告らが日常生活上甚大な被害を受けているからであるにすぎない。これにより損害賠償請求の前提として右設置・管理の「瑕疵」の存否を問われ、また、右被害の内容程度が被告の一定の事実行為を差し止めなければならないほど深刻なものかどうかが問われるが、その判断を左右するのは、当該騒音等により原告らが日常生活上どのような精神的、身体的被害を受けているかという、専ら人格的被害の具体的な内容程度である。すなわち、軍事力・防衛力の配備の可否・当否や、自衛隊の飛行機の運航が憲法上どのような評価を受けるかどうかではない。これによって、右の騒音等による原告らの身体的、精神的被害の具体的な内容程度が左右されることはおよそあり得ないからである。右のような事案からして論ずるまでもないところであるが、本件は通常の私法秩序に係る一般的な民事事件であり、例えば、自衛隊所属の車両が他人の土地に侵入して勝手に駐車場として使用していたとか、一般道路で人身事故を起こしたとかいう場合の紛争と同様に判断し解決すべき事案である。右に例示した事案において、侵害の存否ないし過失等の存否などが問われるのであって、公法秩序上自衛隊が憲法九条に反するかどうかを論ずる必要がないし、ひいては統治行為論が主張されることもあり得ない。すなわち、右車両が自衛隊のものであるがゆえに、他人の土地を占有権原なしに侵害しても、また過失により第三者に怪我をさせても、土地所有権に基づき当該車両の土地使用占有の排除を求め、あるいは人身損害につき賠償を求める民事訴訟が許されないなどということは、およそあり得ない(戦時における緊急避難等の特殊な法律関係等は論外とする。)。このことは、右において、当該車両が自衛隊のものであるがゆえに、国が賃貸借契約その他の占有権原に基づき土地を占有するものであっても、また何ら過失がなく専ら当該第三者の過失により怪我をしたものであっても、公法秩序上自衛隊の存在自体が憲法上許容されていないという理由で、土地所有者からの当該車両の土地使用占有の排除請求や、人身被害を受けた者からの損害賠償請求が認容されることがあり得ないことと同断である。

右を要するに、騒音等の被害が甚大であるとして当該具体的な騒音源たる飛行機の運航(の一部分)の差止めを求め、かつ損害賠償を求める一般民事訴訟においては、自衛隊が違憲かどうかの司法上の判断をする必要がない(前示の趣旨で憲法判断をすべき事件の適格性を欠く。)というべきところ、これと同様に、このような私法秩序の範囲内の一般民事訴訟が被告の主張するような統治行為論等によって不適法として却下されることもおよそあり得ないものというべきである。この点につき、被告は、本件差止等請求は、小松飛行場の飛行場としての使用を全面的に禁止するに等しいものであって、我が国の防衛力の配備の適否の判断を前提とせざるを得ないものであるから、司法審査の判断事項に属さない旨主張するが、右請求は自衛隊の一部隊における諸活動の部分的制約を求めるものにすぎず、自衛隊の存立や基本的運営に関わるものとはいえないから、防衛の特殊性を考慮したとしても被告の右主張は採用できない。

なお、後記第六の二記載のとおり、当裁判所は自衛隊機の運航につき一定の社会的価値を認めるものであるが、もとより被告主張の統治行為論とは無関係であって、要するにこの運航が前示の趣旨により制定された法律に基づき国家の基本的作用として実施されているものであるからである。すなわち前示騒音等による被害を主張する原告らとの私法秩序関係においては、自衛隊が違憲かどうかを判断するまでもなく、その行為が前示法律に依拠して国防という明らかに国家の基本的作用に従事しているものであるからであり、私法秩序上、何ら反社会的な行為といえないし、また、少なくとも後記程度の社会的価値を認めることができ、本件の結論を導く上ではこれをもって足りると考えるからであるにとどまる。もとより、公法秩序上違憲であれば私法秩序上も公共性など認められるはずがないという主張がありうるが、当裁判所は、右に再三述べた本件事案に対する考え方により、右主張は単に論理上可能な主張にとどまるものとして採用しないものである。しかし、このことと、被告主張に係る統治行為論とは別のものである。

以上の次第であって、統治行為論等に依拠して、本件請求自体が不適法という被告の主張は、損害賠償請求に関してはもちろん、本件における不作為請求に関してもおよそ採用の限りでない。

(四) 差止請求の趣旨の特定について

被告は、本件離着陸差止等請求のうち、夜間、早朝及び昼間の一定時間帯における航空機の離着陸の禁止を求めていることは理解できるとしても、その余の時間帯の騒音到達の差止請求において、如何なる作為不作為を求めているのか理解できないから、請求の趣旨自体不特定であって、不適法である旨主張するので、この点について判断する。

原告らの右騒音到達の差止請求は、被告の小松飛行場の供用による航空機の運航によって、原告らの居住地に対する当該時間帯の一定音量以上の騒音の到達という違法な侵害があることを前提として、原告らの人格権に基づいてその違法な侵害の除去を請求しているのであって、侵害の発生源、保護されるべき法的利益、除去されるべき侵害の結果の点から、請求の内容は特定している(事柄が一定量の騒音の存否であって、計測も容易である。)といえ、審理の対象、既判力の客観的範囲も一応明確になっているものと考えることができる。問題は、右除去の手段が予め特定されていないことにあり、これを敢えて原告らに予め特定させようとすれば、騒音低減のための様々な措置(航空機の改良等の音源対策、防音壁の設置、住宅防音等の実施)を求めることが考えられるであろう。しかし、右航空機騒音の発生源は被告の支配領域下にあり、自衛隊の基地としての特殊性、原告ら多数の周辺住民に対する大規模な対策の必要性、戦闘機の騒音対策の技術上の困難性等、本件航空機騒音の低減対策については高度の技術的知識や政策的判断を要する面もあり、かかる騒音低減措置についても最も検討しやすい立場にある被告の方で、具体的な騒音低減措置を明らかにすべきであって、これを原告らに予め特定させることは困難を強いるものである。また、敢えてこれを原告らに予め特定させようとすれば、もっとも明確な措置として航空機の運航停止を求めさせることが考えられるが、これは被告にとって、より不利益の少ない他の騒音低減措置の余地を認めないものであり、かえって被告に不利益を課すことになる。してみると、このように侵害除去の手段を特定しないことは、やむを得ないところであり、かつ本件事案の性質から見てそれなりの合理性があるところといえる。そして、仮に、本件騒音到達の差止請求を認容しても、その主文で命ぜられた一定音量以上の騒音の到達差止が履行されたか否かは、前示のとおり比較的容易かつ客観的に検証可能であって、この結果を実現するための強制執行方法も、「適当ノ処分」(民事執行法一七一条、民法四一四条三項)の内容を工夫して具体化することが可能であり、仮にこれらが不可能であれば、間接強制(民事執行法一七二条)によることが可能である。

よって、本件事案の性質からみて、本件のように一定音量以上の騒音の到達の差止請求もその内容の特定に欠けるところがないと解するのが相当であるから、請求の趣旨が不特定であるとして却下を求める被告の主張は採用できない。

2  米軍機の離着陸等の差止請求について

小松飛行場は、前記のとおり、昭和五七年一一月一五日、地位協定二条一項に基づき、日米共同訓練実施のために、同協定二条四項(b)の適用ある施設及び区域としてその一部(緑斜線部分)が米軍に提供され、米軍に使用を許されたものであるが、これらアメリカ合衆国に使用が許される施設等の管理については、地位協定三条一項において、「合衆国は、施設及び区域内において、それらの設定、運営、警護及び管理のため必要なすべての措置を執ることができる。」と定められている。

また、航空法との関係においては、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定及び日本国における国際連合の軍隊の地位に関する協定の実施に伴う航空法の特例に関する法律により、航空法上の運輸大臣の規制権限がかなり制限されている。なお、我が国領空における航空機航行の安全保持の観点から、米軍機の運航活動も我が国の航空交通管制に服することとなるが、これは航空機運航の安全のために行う交通整理的なものにすぎず、米軍機の運航権限を規制するものではない。

右のとおり、被告は、米軍に対し、小松飛行場の一部(緑斜線部分)を使用させる条約上の義務を負担しており、被告において、右部分の使用を一方的に禁止し、制限することのできる地位を有しないものであるから、被告に対して米軍機の離着陸の禁止、制限措置を求めることは、法的に不能を強いるものであって、本件米軍機の離着陸等の差止請求は不適法といわなければならない。もし、本件米軍機に係る離着陸等の差止請求の内容を実現しようとすれば、地位協定二五条に定める日米合同委員会の開催や協議又は日米両国政府間における外交交渉によるしかないところ、仮に原告らの請求がかかる外交交渉を義務づけるものとするならば(到底そのようには認められないが)、外交は本来的に我が国の主権の及ばない相手国が関わっており、我が国の政府の意思のみでは如何ともし難いものであり、かつ、どのような外交交渉をなすべきかは内閣等の政治部門に負託された高度に政治的な裁量行為であって、これを拘束するような裁判をすることは、憲法の定める三権分立の建前に反するから、そのような裁判を求めることは許されないものと解すべきである。したがって、いずれの観点からしても米軍機に関する離着陸等の差止請求は不適法といわなければならない。

三損害賠償請求に係る訴えの適法性

1  統治行為論について

被告は、本件損害賠償請求についても、統治行為又は政治問題に関わる事項について判断するものなので、右請求自体が不適法である旨主張するので、この点について検討する。

まず、自衛隊機の運航に基づく損害賠償請求については、前記差止請求の場合と同様に被告の主張は採用の限りではない。そして、米軍機の運航に基づく損害賠償請求についても、これが被告に対する損害賠償請求であるかぎり、前記自衛隊機について述べたのと同様である。

ところで、この統治行為論と関連して、被告は、米軍の飛行場使用に伴う航空機の運航による騒音の発生は、安保条約の内容として当然に予定され許容されているもので、航空機の運航及び騒音の発生を違法と判断することは、実質的に条約を違法と判断するに等しいと主張する。しかし、航空機の運航に騒音が伴うことは当然としても、これが空港周辺の住民らに対して身体及び基本的な生活利益の侵害となり、通常受忍しうる限度を超える場合であっても、右住民との関係でも常に適法であって、違法性ないし空港管理上の「瑕疵」性を帯びることがあり得ないことまで右条約によって定められているものとは到底解し得ないから、その運航自体を差し止めることについては前示のとおり別論であるが、損害賠償請求に関する限り、かかる被告の主張はおよそ成り立つ余地がない。被告の主張には、論理の飛躍があり、次に述べる国賠法ないし民事特別法の適用を排除すべきいわれはない。

2  根拠法令について

前記認定の事実によれば、小松飛行場は、国賠法二条一項にいう公の営造物にあたることは明らかである。そして、同項所定の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いている状態をいうのであるが、右安全性の欠如とは、当該営造物を構成する物的施設自体に存する物理的、外形的な欠陥ないし不備によって危害を生じせしめる危険性がある場合のみならず、その営造物が供用目的に沿って利用されることとの関連において危害を生じせしめる危険性がある場合をも含み、また、その危害は、営造物の利用者以外の第三者に対するそれをも含むものと解すべきである(前掲大阪空港最高裁判決参照)。したがって、本件に関していえば、小松飛行場に自衛隊機が離着陸等することにより発生する騒音等が原告ら周辺住民に危害を生じせしめる危険性がある場合(後述のように、原告ら周辺住民に受忍限度を超えた被害を生じさせている場合をいう。)には、そのような利用に供される限りにおいて、営造物たる小松飛行場の設置・管理に瑕疵があると解される。

しかし、前記のとおり、米軍が、地位協定等により、小松飛行場において使用を許された部分を使用している限り、米軍に対して被告の管理権や運航に関する規制権限は及ばないのであるから、米軍機の騒音等による周辺住民への危害を生じせしめる危険性があるとしても、国賠法二条一項にいう公の営造物設置又は管理の瑕疵に該当しない。しかし、これについては、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う民事特別法(以下「民事特別法」という。)二条所定の「合衆国軍隊の占有管理する土地の工作物その他の物件の設置又は管理の瑕疵」によって他人に損害を生じた場合に該当するものと解することが可能である。右の土地の工作物その他の物件の設置又は管理の瑕疵についても、国賠法二条一項と同様に理解することが妥当であるから、本件に関していえば、小松飛行場に米軍機が離着陸等することにより発生する騒音等が原告ら周辺住民に危害を生じせしめる危険性がある場合(原告ら周辺住民に受忍限度を超えた被害を生じさせている場合)には、そのような利用に供される限りにおいて、土地の工作物たる小松飛行場の設置・管理に瑕疵があると解される。なお、原告らは、明示的に民事特別法二条に基づく責任を主張しているわけではないが、右責任は、営造物(土地の工作物)の管理者が国か米軍かの違いを除いて国賠法二条一項に基づく責任と要件事実は共通であるから、原告らが、安保条約及び地位協定によって小松飛行場を米軍に使用させていることを主張している以上、民事特別法二条に基づく責任を肯認することに支障はないと解するのが相当である。

ところで、被告は、国賠法二条一項の損害賠償請求権の発生要件として(右民事特別法二条に基づく責任についても同様と思われる。)、事故発生の①危険性の存在、②予見可能性の存在、③回避可能性の存在が必要であり、これらは全て原告らの主張立証責任を負う事項である旨主張するが、原告らとしては危害(受忍限度を超えた被害)の発生のみを主張、立証すれば足り、②、③についてはむしろ被告においてその不存在を基礎づける事実を間接反証として立証しない限り、設置又は管理の瑕疵が推認されると解するのが相当である。しかして、後に認定判断するとおり、小松飛行場に離着陸する航空機の発する騒音等により原告らの一部に受忍限度を超えた被害が発生しており、この被害は営造物としての本件小松飛行場の設置・管理の瑕疵に基づくものと認められるところ、後に認定する事実関係の下では被告においてその予見及び回避が不可能であったとはいえない。

第三侵害行為

一飛行騒音

1  はじめに

航空機騒音は、飛行騒音とエンジンテスト音、航空機の誘導音等の地上音とに分けることができるところ、このうち飛行騒音は、航空機の種類、飛行の高度、飛行コース、風向、気温等の物理的、自然的条件等によって原告ら周辺住民に到達する騒音の程度に著しい相違を来すものであることは経験則上明らかである。また、原告らが主たる騒音源として主張する自衛隊機及び米軍機の運航は不定期であって、その飛行実態については自衛隊機の管制航空交通量集計等部分的な証拠があるのみで、その詳細を明らかにする具体的な資料が提出されていないため、騒音の実態を正確に把握することは困難である。

ところで、本件において問題となるのは日々繰り返して発生する飛行騒音であって、かつ、その発生は定常性がないから、本件飛行騒音の実態を把握するためには、できるかぎり長期にわたり継続的に騒音の発生を調査することが必要であるところ、本件証拠のうち、国及び関係地方公共団体により設立された小松基地騒音対策協議会が実施している騒音測定結果(小松基地騒音対策協議会騒音測定結果)、とりわけ小松市小島町及び加賀市伊切町の二か所(以下「常時測定点」という。)で通年実施している騒音測定結果(以下「常時測定点における騒音測定結果」という。)は、右の継続的な調査にあたるものとして十分に斟酌されるべきものである。そこで、右証拠を中心にして、小松飛行場における航空機の飛行及び飛行騒音の実態について検討する。

なお、後記のとおり、原告らの本件損害賠償請求権は、第一次訴訟原告については昭和四七年九月一五日以前に生じた分、第二次訴訟原告については昭和五五年三月三日以前に生じた分はそれぞれ時効により消滅したものであるから、以下は昭和四七年九月一六日以降の事実関係を中心に検討することとする。

2  飛行実態の概要

<証拠>を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(一) 小松飛行場に離着陸する航空機の機種

前記第一の一の2において、より詳細に述べたとおり、小松基地に配備されたジェット戦闘機としては、昭和三六年にF八六F五〇機、昭和四〇年にF一〇四J二〇機、昭和五一年にF四EJ(ファントム)一八機、昭和五六年に同一八機、昭和六二年にF一五J(イーグル)一八機が配備され、この間、F八六Fは、昭和三九年一一月に約半分が、昭和五〇年六月に残りの約半分が移駐又は整理され、また、F一〇四Jは昭和五六年に整理され、F四EJは昭和六二年に一八機が右のとおりF一五Jに更新され、平成元年三月現在、F四EJ、F一五J各一八機が配備されている。小松基地には、このほか、T三三A、V一〇七(ヘリコプター)、MU二(捜索機)等も配備されており、平成元年三月現在、T三三A(一〇機)、V一〇七(三機)、MU二(二機)が配備されている。また、小松飛行場に発着する民航機としては、昭和六三年現在、国内線ではB七四七SR(一日三往復)、L一〇一一(一日二往復)、B七六七S(一日二往復)、B七三七(一日二往復)、国際線ではB七六七(一週二往復)が運航している。また、日米共同訓練が行われる場合は、米軍機も離着陸する。

このうち、小松飛行場周辺における騒音の主たる原因となっているのは軍用機、とりわけF八六F、F一〇四J、F四EJ、F一五J等のジェット戦闘機(自衛隊機のほか、米軍機のそれも含めて考えられるが、日米共同訓練は年に三ないし五日間程度であるため、その影響は自衛隊機に比べて格段に少ない。)であることは、後記認定の騒音のピークレベルの高さ(エンジン推力の大きさや編隊飛行の実態に不可避的に伴うものである。)、騒音回数、さらには不快感を与える金属的な音質に照らして明らかであり、現に、<証拠>によっても、これによる騒音被害を訴える原告がほとんどである。他方、T三三A、V一〇七、MU二等はジェット戦闘機に比して騒音のピークレベルが低く、飛行回数も多くないため、それによる騒音はジェット戦闘機によるものに比して深刻ではない。

これに対し、B七四七SR等の民航機については、前記のとおり、一日に数往復にすぎず、かつ定時に飛行し、騒音のピークレベルが比較的低いこと、その音質もジェット戦闘機に比べると、不快さの程度が低いこと等のため、ほとんどの原告も民航機による騒音被害を訴えていない。そのため、本件騒音被害の実態を知るためには、自衛隊機、とりわけジェット戦闘機の運航実態を調査することが重要である。

(二) 自衛隊機の飛行実態

小松飛行場における自衛隊機の運航は、通常訓練、演習、緊急発進(対領空侵犯措置)、災害派遣その他の事由によって行われるが、通常訓練によるものが自衛隊機の運航の大部分を占める。演習には、航空自衛隊全部が参加する航空自衛隊総合演習、航空総隊隷下部隊だけが参加する航空総隊総合演習、中部方面隊総合演習、及び、第六航空団自身で行う団防空演習とがあり、航空自衛隊総合演習と航空総隊総合演習は一年おきに交代で実施される。これら演習が行われる期間のうち、航空機が実際に運航される期間は年間一二日程度である。このほか、日米共同訓練が年間三ないし五日間程度行われている。緊急発進(対領空侵犯措置)は、昭和五五年度ない六三年度では、年間平均約一五四回であり、災害派遣は、昭和六三年度では七件(航空機延数一五機)であった。

右のとおり、本件騒音被害の実態については、自衛隊機の運航の大部分を占める通常訓練の実態を調べることが重要であるが、前記のとおり、その実施規模については明確な資料がないため、管制航空交通量集計、小松基地騒音対策協議会騒音測定結果等の資料を見るほかない(次項で詳しく述べる。)。

(三) 自衛隊機の飛行経路

小松飛行場における航空機の飛行方式は、大きく分けて計器飛行方式と有視界飛行方式とに分かれ、民間機の場合ほとんどが計器飛行方式で飛ぶのに対し、自衛隊機は、半分以上の割合で有視界飛行方式で飛ぶ。有視界飛行方式による離着陸の経路は、被告最終準備書面引用図表第7図のとおりに設定されており、図中ノーマル・トラフィック経路とあるのが着陸の場合の場周経路を、図中ディパーチャー経路とあるのが離陸の経路を示す。百里基地等通常の飛行場の場合、場周経路は滑走路上を通るように設定されているところ、小松飛行場の場合、同図のとおり、滑走路上よりも日本海側を通るように設定されている。また、通常の飛行場の場合、離陸直後の旋回は左右どちらでも許されているのに、小松飛行場の場合、離陸後は日本海側に向かってのみなだらかに旋回することとされている(以上は、一〇・四協定に基づいて騒音軽減のために設定された飛行経路であって、これによる騒音低減効果の有無については後述。)。

小松飛行場では、緊急発進を除いて、風上に向かって離着陸するのが原則であり、風向きによって、離着陸の方向が滑走路の磁方位六〇度(北東)又は磁方位二四〇度(南西)に変更される(緊急発進は風向きにかかわらず南西方向に離陸する。)。このため、風向きが一定であれば、飛行場の北東側又は南西側では、主に離陸音又は着陸音のどちらか一方により騒音被害を受けることとなる。日本音響材料協会が昭和四七年八月に行った騒音調査<証拠>において、F八六F又はF一〇四Jが北東方向に離陸する場合、小松飛行場の南西側では飛行場に極めて接近した場所を除いて七〇デシベル(A)を超える騒音はほとんど測定されておらず、一方、南西方向から着陸する場合、小松飛行場の北東側では飛行場に極めて接近した場所を除いて七〇デシベル(A)を超える騒音はほとんど測定されていないことは、これを裏付けるものである。

3  小松基地騒音対策協議会騒音測定結果を中心とする考察

<証拠>を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(一) 騒音測定回数

常時測定点における騒音測定結果によれば、昭和五九年度から昭和六二年度までの月別一日当たり平均騒音発生回数(ここでいう騒音は、七〇デシベル(A)以上で七秒間継続した騒音をいう。)は、被告最終準備書面引用図表第8図の1、2のとおりである。そして、昭和六一年度、昭和六二年度の月別一日当たり平均騒音は、同引用図表第33表のとおりであり、これによれば、昭和六一年度、昭和六二年度の月別一日当たり平均騒音発生回数は、小島町においては、昭和六一年度が43.0、昭和六二年度が52.6、伊切町において昭和六一年度が30.6、昭和六二年度が36.8という数値となる。

また、昭和五三年度から昭和六二年度までの常時測定点における一日当たりの修正機数(環境基準にしたがって、飛行時間帯によるウエイトをつけた機数)の年平均値は、同引用図表31表のとおりである。ただし、昭和五六年度の数値のみは、<証拠>に基づくものであり、資料上単なる「一日当たりの機数」か「一日当たりの修正機数」をいうのか不明であるが(同表末尾に「但し、昭和58年度以降は修正機数とされている」とあるが、<証拠>によれば、昭和五三年度ないし昭和五五年度も修正機数であることが明らかであるので、右のような意味に訂正する。)、これを「一日当たりの修正機数」と解した場合、昭和五三年度ないし昭和五六年度及び昭和五八年度ないし昭和六二年度の一日当たりの修正機数の平均値は、小島町において四九回、伊切町において四一回となる。

なお、以上の数値は、民間航空機も含んだ数値である。

(二) 自衛隊機の管制回数

管制回数とは、出発、到着及びその他の場合に航空管制のなされた回数である。自衛隊機は、二機又は四機編隊で飛行することもあり、その場合には複数の機数が一回の管制回数で数えられるので、管制回数は実機数に一致しないが、編隊機は、同時又は数秒間隔で飛行するので、騒音の発生としては連続した一回とほぼ評価できる。これは管制回数と前記常時測定点における騒音測定回数とが概ね対応していることからもいえることである。

自衛隊機の昭和四五年度から昭和六三年度までの各年度毎の一か月当たりの平均管制航空交通量及び一日平均の管制航空交通量は、被告最終準備書面引用図表第30表記載のとおりであり、これをグラフで示すと、被告最終準備書面引用図表第11図、第12図のとおりである。

これによれば、右期間中の管制航空交通量は、一か月当たりの平均約一七七六回(一日平均約五八回)程度であり、昭和四五年度から昭和六〇年度までは、滑走路工事や飛行隊解散等の事由で回数が減少した一時期を除いて、ほぼ一か月当たり平均一七〇〇回ないし二〇〇〇回弱(一日平均約六〇回前後)程度である。なお、昭和六一年度は他部隊の移動訓練、昭和六三年度はF一五Jの本格的運用が始まったこと等の理由で若干の増加傾向があり、そのため昭和六一年度ないし昭和六三年度の三か年の一か月当たりの平均管制航空交通量の平均は、約二二一九回(一日平均約七三回)程度となっており、後記のとおり土曜日曜休日等に訓練が実施されないことから実際に飛行訓練の行われる日数を一か月当たり約二二日程度とすると、右三か年における平日の一日平均の管制回数は約一〇〇回程度と推測される。昭和六三年四月、七月、一〇月、一月の曜日別平均管制航空交通量<証拠>によれば、平日の一日平均の管制回数は、85.2ないし120.3回程度で、概ね右の推認を裏付けている。

(三) 騒音持続時間

常時測定点における騒音測定結果によれば、常時測定点における騒音(七〇デシベル(A)以上で七秒間継続した騒音)の昭和五八年度から昭和六二年度までの一日当たりの継続時間の年平均値は、別紙第五「常時測定点における騒音持続時間」記載のとおりであり、同年度期間中の平均は、小松市小島町の測定点では一七分五〇秒、加賀市伊切町の測定点では一二分二二秒であった。

なお、右別紙第五には、前記の修正機数を合わせて掲げ、これを実際の飛行機数とみなして(実際の飛行機数の方が修正機数よりも少なくなるが、後記のとおり夜間早朝の飛行は少ないので、両者が著しく食い違うことはないと思われる。)、一日当たりの継続時間の年平均値を一日当たりの修正機数の年平均値で除し、一機当たりの騒音継続時間の年平均値を求め、共に掲げたが、これによれば、小島町では一機当たり約二四秒、伊切町では一機当たり約一九秒程度と推測される。更に、昭和五八年度から昭和六二年度までの一日当たりの騒音継続時間の年平均値をグラフで示すと、被告最終準備書面引用図表第2図のとおりであった。

(四) 騒音レベル

常時測定点における騒音測定結果によれば、昭和五三年度から昭和六二年度までの定時測定点における騒音(七〇デシベル(A)以上で七秒間継続した騒音)レベル(デシベル(A))の年平均値(パワー平均)は、左記のとおりである。昭和五六年度及び五七年度については、資料が見当たらない。

常時測定点における騒音レベルの年平均値(パワー平均)

年度(昭和)

小松市

小島町

加賀市

伊切町

五三

九五

九五

五四

九二

九五

五五

九二

九七

五六

五七

五八

八六

九五

五九

八九

九五

六〇

八七

九四

六一

八六

九三

六二

八七

九三

また、昭和五二年度から昭和六二年度までの日WECPNLのパワー平均値は被告最終準備書面引用図表第32表のとおりであって、小松市小島町では七七ないし八四、加賀市伊切町では八四ないし八七の各WECPNL値となっている。

なお、騒音の評価方法については、右のとおり、「日又は週間WECPNLの年平均値」を用いる方法のほかに、人間は一日単位で数多く飛行した日のうるささを基準に判断することから、一日のWECPNLの累積度数曲線を描き、その「八〇パーセントレンジの上端値」を用いて評価する方法もある。そこで昭和五二年度から昭和六二年度までの日WECPNLの八〇パーセントレンジの上端値を見ると、左記のとおりである。

常時測定点における日WECPNLの八〇パーセントレンジの上端値

年度(昭和)

小松市

小島町

加賀市

伊切町

五二

八九

九〇

五三

八九

八八

五四

八七

八九

五五

八七

九二

五六

八二

八九

五七

八二

九〇

五八

八二

九一

五九

八三

九〇

六〇

八一

八八

六一

八一

八八

六二

八四

八七

右のとおり、常時測定点における昭和五二年度から昭和六二年度までの日WECPNLのパワー平均値及び日WECPNLの八〇パーセントレンジの上端値は、年によって多少の変動はあるものの、昭和五二年度以降ほぼ横這いであって(強いて言えば若干の減少を示している。)、目立った増加又は減少傾向は示していないものであって、このことは、小松飛行場周辺における騒音量が、昭和五二年度以降はほぼ同程度で推移していることを推測させるものである。

(五) 曜日別の騒音量の変化

小松飛行場では、平日に悪天候が続いて訓練が実施できなかった等の場合に土曜日の午前中に飛行訓練を実施することがあるほかは、土曜日曜休日には原則として通常訓練が実施されておらず、このため右休日等と比べてその他の平日の騒音量は著しく大きいものとなっている。常時測定点における騒音測定結果によれば、昭和五九年度から昭和六二年度までの曜日別平均騒音発生回数は、被告最終準備書面引用図表第34表、同第9図の1、2のとおりである。このうち昭和六一年度と昭和六二年度を平均すると、小松市小島町の平日の平均騒音発生回数は約61.8回、加賀市伊切町の平日の平均騒音発生回数は約42.5回となり、その合計は約104.3回であって、このなかには民間機によるものも含まれていることを考慮すると、先に検討した最近の年度の平日の一日平均の管制回数約一〇〇回とほぼ対応するものである。なお、昭和六一年度と昭和六二年度を平均すると、小松市小島町の土曜日、日曜日の平均騒音発生回数は、それぞれ約12.5回、約9.0回、加賀市伊切町の土曜日、日曜日の平均騒音発生回数は、それぞれ約12.6回、約9.9回となり、平日の平均騒音発生回数と比べて著しく少ない。

(六) 時間帯別の騒音量の変化

小松飛行場配備の第六航空団の通常訓練は、基本操縦訓練と戦技訓練とに大きく分けられる、飛行場周辺で基本操縦訓練を行うことがあるほか、戦技訓練は主として小松沖のG訓練空域で行っている。近年は、被告最終準備書面引用図表第36表のG空域使用時間帯基準に従って、同表の上段(A区分)及び下段(B区分)を第六航空団の二つの飛行隊が一日のうちに別々の区分の時間帯を使用して訓練を行っている。昼間訓練は、A区分では午前八時二〇分から午前九時一〇分まで、午前一一時〇〇分から午前一一時五〇分まで、及び午後二時から午後二時五〇分までの三単位を、B区分では午前一〇時一〇分から午前一一時〇〇分まで、午後一時一〇分から午後二時〇〇分まで、及び午後四時〇〇分から午後四時五〇分までの三単位を使用する。次に、夜間訓練は、A区分では午後四時五〇分から午後五時五〇分、B区分では午後六時五〇分から午後七時五〇分の時間帯を使用して原則として週二回(月・水)に実施する。しかし、夏期(五月下旬ころから八月上旬ころまで)は、日没時間が遅くて、そのままのA区分では夜間訓練が実施できないため、時間帯を午後六時三〇分から午後七時三〇分に遅らせて実施している。そして、これら時間帯の始まる約一〇分前に小松飛行場を離陸し、これら時間帯が終わった約一〇分後に小松飛行場に着陸するというのが原則である。右のようにG訓練空域に向かう場合、小松飛行場の周辺では、主として離陸音または着陸音のいずれかによって騒音を受けることになるが、前記のとおり、風向きが一定の場合には飛行場の北東又は南西の一方向に離陸又は着陸がなされるため、飛行場の北東側又は南西側では、主としてこのうちの離陸音又は着陸音のどちらかによって騒音を受けるという傾向にある。そして、離陸音又は着陸音は、右使用時間帯の前後に集中的に発生する傾向にあるから、風向きが一定の場合、飛行場の北東側又は南西側の地点では、昼間訓練に限定すると一日当たり六回程度、夜間訓練が行われる場合でも一日八回程度集中的に騒音に暴露される傾向がある。

また、訓練時間帯については、近年は通達によって、早朝、深夜及び昼間の一定時間帯における運航規制が行われているが、F八六Fが配備されていた時代はこのような規制がなく、黎明時から遅くは午後一〇時、一一時ころまで飛行することがあったものであり、F一〇四Jが配備されてからも相当期間訓練時間帯の規制がなかった。その後、昭和四九年三月の小松基地司令の通達によれば、午後一〇時から翌午前七時までは原則として局地飛行訓練は実施しないとあり、同年一一月の同通達では、午後零時から午後一時までは飛行場周辺の飛行訓練制限及び午後一〇時から翌午前七時までの飛行訓練中止(午前六時から午前七時までは基地司令の許可を得て実施)とあり、昭和五二年の飛行場運用規則では、更に右括弧内の文言が削除されている。そしてその後の運用の実際にも即して、昭和六三年の第六航空団指令の通達では、小松飛行場周辺における飛行訓練等に関し、午後零時から午後一時までは飛行場周辺への進入及び離着陸は実施しない旨及び午後八時から翌午前七時までの飛行訓練等は実施しない旨が定められている。もっとも、前記のとおり、夏期において夜間訓練実施のため、これを弾力的に運用しているものであり、実際にも夜間訓練実施後の帰投が午後九時ころになることがある。これを平成元年九月から同年一一月までの飛行訓練実施時間の平均値で見ると、平日の通常訓練は、ジェット機では昼間訓練の開始が午前八時一五分、終了が午後四時〇二分、夜間訓練の開始が午後五時三二分、終了が午後七時三九分、救難機を含めても昼間訓練の開始が午前七時五九分、終了が午後四時三三分、夜間訓練の開始が午後五時四二分、終了が午後七時三九分となっている。

なお、演習が行われる場合は、前記G空域使用時間帯基準にかかわりなく、早朝、深夜にも飛行が実施されることがあり、平成元年九月、同年一〇月に実施された中部航空方面隊演習及び航空総隊総合演習の演習実施時間の平均値で見ると、開始が午前四時五九分、終了が午後八時三三分となっている。

更に、常時測定点における騒音測定結果によれば、昭和五九年度から昭和六二年度までの時間(帯)別平均騒音発生回数は、被告最終準備書面引用図表第35表、第10図のとおりである。これによれば、一日の騒音発生は、午前八時ないし一一時、午後一時ないし五時に集中しており、それに比して少ないが午後五時ないし七時に若干の騒音発生がある。昭和六一年度及び昭和六二年度の数値で見ると(同第35表参照)、小松市小島町と加賀市伊切町の回数を合計しても、午前七時台では一日当たり一回弱程度、午後八時台では一日当たり一回程度、午後九時から翌午前七時までの時間帯では一日当たり0.5回程度の少ない値となっている。このことは、早朝、深夜の数値に通常訓練以外の緊急発進等が含まれていることを考慮すると、昭和五九年度以降については前記通達によって定められた訓練時間帯が概ね守られていることを示している。

(七) 以上の検討結果と原告ら居住地の騒音量との関係

常時測定点の位置は、被告最終準備書面引用図表第13図のとおりであって、原告ら居住地は、先に認定したとおり、ごく一部この常時測定点の近辺にあるものの、多くは小松飛行場の周辺に広く点在しているものである。したがって、右常時測定点の騒音量をもって、原告ら居住地の騒音量を直接に推認することは困難である。

しかし、小松市小島町の測定点は、小松飛行場の北東側の前記飛行経路の近辺に位置し、主として小松飛行場を北東方向に離陸し、又は、北東方向から着陸する航空機による騒音暴露を受ける地域であって、騒音量も前記のとおりかなり激しく、小松飛行場の北東側に位置する騒音激甚地区の典型的な地域ということができ、一方、加賀市伊切町の測定点は、これと逆に、主として小松飛行場を南西方向に離陸し、又は、南西方向から着陸する航空機による騒音暴露を受ける地域であって、小松飛行場の南西側に位置する騒音激甚地区の典型的な地域ということができる。

そして、平均騒音発生回数については、小松市小島町で観測されたものは主として小松飛行場を北東方向に離陸し、又は、北東方向から着陸する航空機によって発生されたもの、加賀市伊切町のそれは主として小松飛行場を南西方向に離陸し、又は、南西方向から着陸する航空機によって発生されたものと推認でき、小松飛行場の北東側に居住する原告らは小松市小島町と同程度の、南西側に居住する原告らは加賀市伊切町と同程度の平均騒音発生回数の騒音に暴露されるものと推認できるものである。また、年度毎の騒音量の変化、曜日別の騒音量の変化、時間帯別の騒音の変化についても、これと同様のことがいえる。もっとも、原告らの居住地の騒音レベル自体については、後記認定のとおり、原告らの居住地及びその居住地に係る生活環境整備法に基づく区域指定に照らすと、大部分の原告の居住地の騒音レベルは常時測定点のそれに比べてより低いレベルにあるものと認められるが、一部の原告は、常時測定点と同程度又はそれ以上に激甚な騒音に暴露される地域に居住していることが認められるのであって、結局のところ各原告の居住地が生活環境整備法に基づく区域指定においてどの区域に含まれているかによって比較するのが相当である(後述)。

4  その余の騒音調査結果等の考察

本件の証拠となっているその余の騒音調査結果等も、右3記載の認定と矛盾するものでないが、それら騒音調査結果等に特徴的な点を若干指摘しておくと、次のとおりである。

<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 小松市が昭和四二年一二月、昭和四三年六月、一一月、一二月に小松飛行場の飛行経路の真下及びその周辺の同市内の三〇箇所(二五町)で騒音を測定した結果(<証拠>)によれば、各測定点の阻害騒音(七〇ホン以上)の平均強度において、七九なし九〇ホンを示し、全測定点の約五五パーセントで最強度一〇〇ないし一〇九ホンの騒音が測定され、更に全測定点の約八七パーセントで最強度一〇〇ホン以上の騒音が測定された。

右によれば、F八六F及びF一〇四Jが配備されていた昭和四二、三年の時点で、小松飛行場周辺において既にかなりの騒音に暴露されていたことが認められる。

(二) 防衛施設庁が社団法人日本音響材料協会に委託して、昭和四九年八月に、小松飛行場の滑走路を中心に滑走路端から北東に13.5キロメートル、南西に一二キロメートル、東南に五キロメートル、西北は海岸線までを測定範囲とし、そのうち約一三〇箇所を測定地点に選んで行った騒音調査の結果は、それに基づいて作成された騒音コンター図を見るのが最も理解しやすいと考えられるところ、F八六F及びF一〇四Jの北東方向への離着陸時の騒音測定データに基づいて作成したWECPNL実測コンターは、別紙第六「F八六F及びF一〇四Jの北東方向離陸時のWECPNL実測コンター図」(<証拠>)のとおりであり、一方、右北東方向離着陸時の実測値に基づき、航空機までの近接距離とピーク騒音レベルとの関係、ピーク騒音レベルと継続時間との関係を表す基礎騒音データを求め、これによって作成したF八六F及びF一〇四Jの南西方向への離着陸時のWECPNL予測コンターは、別紙第七「F八六F及びF一〇四Jの南西方向離陸時のWECPNL予測コンター図」(<証拠>)のとおりである。これによれば、小松飛行場の北東方向又は南西方向の飛行経路直下を中心にして、騒音の激しい地域がその両側付近に広がっていることが認められる(なお、離着陸方向と騒音との関係は前述のとおりである。)。

(三) 原告らの騒音調査は、原告ら本人尋問等に顕れた主なものでは、昭和五四年七月、昭和五八年九月、昭和五九年九月、昭和六一年四月、同年一〇月、平成元年四月ないし七月に原告らの居住地等で実施されたものがあるが、原告らがそれら騒音調査の結果を集計したとするのが、別冊「原告ら最終準備書面(第一審その一)」三一三頁の表②である。これによれば、昭和五四年ないし平成元年の騒音調査結果を集計したところ、小松飛行場の小松市方面(北東側)で一日当たり平均70.4回、加賀市方面(南西側)で一日当たり平均56.0回の七〇ホン以上の騒音が観測されたということである。原告らの騒音調査は、演習や日米共同訓練の際に行われたものが多く、日常の騒音量の平均的なものを表しているものとは認められないところであるが、これによっても、先に検討した昭和六一年度及び昭和六二年度において、小松市小島町の平日の平均騒音発生回数約61.8回、加賀市伊切町の平日の平均騒音発生回数約42.5回と大きく食い違っているものではなく、先の認定を左右するものでないと言える(なお、原告らの騒音調査はほとんど平日に行われているので、平日の平均値と比較すべきである。)。もっとも、原告らの騒音調査の結果によると、演習や日米共同訓練の際には、前記検討した日常の騒音量以上のかなりの騒音に暴露されていることが明らかに認められ、このような演習や共同訓練が年に数日しかないとしても、原告らの心理的被害を考えるうえで看過し得ない一つの資料になっているものである。

(四) 検証結果(騒音測定)の内容は、ほぼ別冊「被告国最終準備書面」中七〇二頁九行目ないし七七〇頁六行目「5裁判所の検証の結果について」において、詳細に記載されてあるとおりである(なお、屋外の騒音測定に関し、測定器によって数値に多少のばらつきのあるものがあるが、それぞれ測定誤差の範囲内であると認められる。)。このうち、特に原告宅で行われた騒音測定の結果を見ると次のとおりである。

昭和五四年一一月九日、原告澤田榮太郎宅及び同福田俊保宅で行われた検証の結果によると、E四EJ又はF一〇四Jの飛行時、屋外で、ほぼ七〇ないし一〇〇デシベル(A)程度の騒音が計測されている。もっとも、防音工事をしていない室内で窓を閉めた状態で測定した値は、屋外の騒音値が高い場合でもほとんど七〇デシベル(A)以下となっている。

平成元年五月二六日、原告竹田勝克、同近藤伶子宅及び同荒井富美子宅で行われた検証の結果によれば、F四EJ又はF一五Jの飛行時、屋外でほぼ九〇ないし一〇〇デシベル(A)程度の騒音が計測されている。もっとも防音工事を施した室内で窓を閉めた状態で測定した値は、屋外の騒音値が高い場合でもほとんど七〇デシベル(A)以下となっている。

右によれば、原告宅において、F一〇四J、F四EJ又はF一五Jの飛行時の騒音(離陸又は着陸の際のもの)は、屋外においてかなり激しいことが認められる。しかし、防音工事の有無にかかわらず、窓を閉めることによって室内では、かなりの程度遮音効果を生むものと考えられる。もっとも、この場合においても、ジェット戦闘機の離着陸時に発する特有の金属的な音質自体は必ずしも緩和されるわけでなく、しかも、人間は常に窓を閉めた室内で生活しているわけでないから、騒音被害を評価するにあたっては、この点を過大視できない。

5  まとめ、

以上、小松基地騒音対策協議会騒音測定結果を中心に考察してきたが、右騒音測定資料は主として昭和五九年度以降において詳しい資料があるものの、それ以前の資料としては、必ずしも充実しているとはいいがたい。しかしながら、前記のとおり、少なくとも昭和五二年度以降について見れば、騒音量はほぼ横這いとみることができるものであって、昭和六三年度からF一五Jの本格的運用が始まったことを除いて、自衛隊機の運用形態等が大きく変わったものでないから、少なくとも、昭和五二年度から昭和六二年度についていえば、先に主として昭和五九年ないし昭和六二年度について検討した曜日別時間帯別の騒音量の変化等の傾向は、ほぼそれらの期間にも妥当するものと見ることができる。そして昭和五一年度以前については、必ずしも継続的な資料はないが、前記管制回数で述べたとおり、昭和四五年度以降は、一か月当たりの平均管制航空交通量に目立った増減はなく、この間の変化は昭和五一年にF四EJが配備されたことと、一〇・四協定にともない、騒音低減に配慮した運航規則が整備されたこと等であるが、昭和五二年度以降と比較してどの程度増減したかを示す確たる資料はなく、少なくとも昭和四七年度以降については、前記検討した騒音量とほぼ同程度であったと推認するのが相当である。なお、前記のとおり、昭和六三年度からF一五Jの本格的運用が始まったことに伴い、管制回数が増加しているが、騒音量の変化については確たる資料はないので、昭和六三年度以降本件口頭弁論終結時までの期間についても、現時点では従前と同程度の騒音量であることを前提として評価すべきである。

二地上音

1  <証拠>を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(一) 地上音として問題となるのはエンジンテスト音、航空機の離陸前及び着陸後の誘導音等であるが、このうち、エンジンテスト音については、昭和四九年三月の基地司令通達等により、早朝、深夜等においては実施しない旨の規制がされているほか、小松飛行場に常駐する部隊の航空機のエンジン整備はサイレンサーを使用して調整されているなど、騒音軽減のための自主規制がなされている。すなわち、エンジン試運転については、昭和四九年三月の基地司令通達では午後八時から翌午前六時までの間は実施しないこととされ、同年一一月の同通達では右規制に加えて、午後零時から午後一時までの間にはテストスタンドによる試運転のほかは禁止すること等が定められ、一方、ランナップチェックについても、昭和四九年三月の基地司令通達では午後一〇時から翌午前六時までの間は実施しない(午前六時から七時までの間は事前に基地司令の許可を受けること)とされ、同年一一月の同通達では右規制に加えて、午後零時から午後一時までの間は実施しない旨等が定められている。また、昭和六三年六月の第六航空団司令通達による騒音自主規制要領によれば、試運転場における試運転については、午後零時から午後一時までの間はテストスタンド及びサイレンサーによる試運転に限り実施できること、午後一〇時から翌午前七時までの間は実施しないことが、また、操縦者による試運転(ミリタリー(ミリタリー定格推力)以上で行うエンジンランアップをいう。)については、午後零時から午後一時までの間及び午後一〇時から翌午前七時までの間は実施しないことがそれぞれ定められている。

ちなみに、原告らのうち小松飛行場に特に近接したところに居住している原告福田俊保は、エンジン調整音による被害を強く訴えているものであるが、それでも普段の整備音についてサイレンサーによる騒音低減の効果のあることを認める供述をしているものであって、右サイレンサーによる騒音低減の効果がそれなりに上がっているものと窺われる。

(二) 前記のとおり、小松飛行場における自衛隊機の通常訓練においては、午前八時一〇分ころに離陸を開始するのであるが、その約三〇分前の午前七時四〇分ころにはエンジンを始動するのが通常である。もっとも、演習の場合には、もっと早朝からエンジンを始動することもある。

(三) 原告らが、昭和六一年四月七日ないし同月一一日に日米共同訓練が行われた際に、小松飛行場にかなり近接した地域である小松市鶴ケ島町で騒音測定をしたものをみると、同所で、七〇ないし一〇〇ホンの地上音がかなり長時間にわたって記録されたことを示している。しかし、同じころ、やはり小松飛行場にかなり近接した地域である(ただし、鶴ケ島町とは飛行場を挾んで反対側に位置する。)小松市日末町等で行った騒音測定では、そのような地上音はほとんど記録されていない。

(四) 検証結果(騒音測定)によると、当裁判所が原告らの住居等で行った検証の際には、地上音は暗騒音以上のレベルでは観測されていない。

(五) 前記原告福田俊保を始めとして、小松飛行場に近接した原告らのなかには、地上音による騒音被害を訴えるものが多く、とりわけ早朝の地上音による睡眠妨害を訴えるものが多い。

2  本件証拠上、地上音自体を対象にした騒音調査等の客観的資料に乏しいため、地上音の騒音暴露の実際を具体的に認定するのは困難であるが、右1で検討した点を総合すると、小松飛行場にかなり近接した地域では地上音がことに早朝において相当の影響を及ぼしていることが推認できる。もっとも、どの程度の影響を及ぼしているかを個々の原告との関係で客観的に把握することは困難である。

三航空機の墜落等の危険

<証拠>によれば、小松飛行場に離着陸する自衛隊機が昭和三七年から平成二年までの間に九回の墜落事故を含め、ターゲット落下事故、着陸失敗、送電線切断事故等約三〇回程度の事故を起こしており(その詳細は、別冊「原告ら最終準備書面」(第一審その一)一九八頁以下に一覧表化されているとおりである。)このうち、昭和四四年二月八日にF一〇四J一機が金沢市街に墜落した事故では、民家一七戸を全焼し、死者四名、重軽傷者一八名に及んだことが認められる。

これらの事故の発生により、原告らを含む付近住民が同種事故の再発の不安を抱いていること(原告ら陳述書等)は理解できないものでもない。しかし、これらの過去の事故があることをもって、直ちに原告らが一定の具体的被害を受けているとは認め難い。原告らの主張は、原告ら居住地を含む小松飛行場周辺地域に航空機の墜落、落下物事故等、日常生活を営む上で無視し難い現実の危険が発生しているというのであるが、右認定に係る事故の発生だけでは直ちにこれを断じ難く、他に格別の証拠も見当たらないので、右は飛行場ないし基地の近接地が一般的に有する抽象的危険の範囲にとどまるといわざるを得ない。なお、これらの事故があるにもかかわらず自衛隊が安全対策を怠っていることを認めさせる証拠もない。

四振動・排気ガス

1  振動

(一) <証拠>によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 大阪府立大学工学部災害科学研究所が財団法人航空振興財団の委託に基づいて昭和四三年一一月一日から昭和四四年二月一五日にかけて大阪国際空港周辺で航空機の通過による建造物の振動について調査した結果によれば、航空機騒音が地上に達したときの音圧が直接励振力として働き、地面と家屋全体がほとんど一体となって垂直に振動していること、測定した機種のうち騒音レベル、振動加速度の最大値を示したものは四発ジェット機(コンベア八八〇)であって、その騒音レベルが一一〇デシベルのとき建築物の垂直加速度一〇〇ガル程度に達すること、不快を感ずる程度に振動が大きくなるのはジェット機に限られ、ターボプロップ機やプロペラ機の場合はほとんど問題にならないこと、同一測定個所の振動加速度の対数値(デシベル値)は、ほぼ騒音レベルに比例すること等が明らかになった。

(2) 原告ら小松飛行場周辺住民のなかにも、小松飛行場に離着陸する航空機の騒音によって、建具がガタガタ音を立てる等、航空機騒音による家屋、建具の振動を訴えるものが存する。

(二) 小松飛行場に離着陸する航空機による家屋の振動の状況を客観的に明らかにする資料はないが、右事実によれば、航空機の騒音によって、その騒音レベルにほぼ比例して、小松飛行場周辺の家屋、建具等に振動を与えて、家屋内の住人に不快感を与えていることが容易に推認できるものである。

2  排気ガス

本件全証拠によるも、小松飛行場に離着陸する航空機の排気ガスが飛行場周辺に格別の大気汚染をもたらしているとは認めることができない。

第四被害

一総論

1 本件請求は、前示のとおり、原告ら各個人が有する人格権を根拠としてのみ成り立ちうるものであるから、航空機騒音等が原告ら各個人に対しどのような被害を与えているかをそれぞれ個別的に判断しなければならないのが原則である。しかしながら、原告らが主張する被害は、航空機騒音を基本とするものであって、このような被害については、原告らの個々の生活形態を問うまでもなく、通常人の基本的な生活利益が妨げられたことによる共通の被害を容易に想定することができるのであるから、必ずしも原告ら各自が現実に受けている被害を各原告毎に具体的に立証することを要求されるものではなく、一定の騒音量に暴露されている類型の地域に居住する原告らを総合的に観察し、そのうちの大部分の原告に一定程度の基本的な生活利益の侵害が生じていることを立証すれば、地域類型を同じくする地域に居住するその余の原告ら全員についても同様の被害が生じているものと推定することができるというべきである。もとより、これは証明及び認定の方法に関わる事柄であるにとどまり、第二の一の2で検討したとおり、環境権に係る原告らの主張を採用せず、原告らが有するそれぞれの人格権が具体的に侵害されたことだけが本件請求の根拠となりうるとすることと、何ら矛盾しないものである。なお、右環境権に係る主張とも一部関連して、原告らは、具体的被害の生ずる可能性のある環境下に置かれたこと自体をもって損害が発生したことになる旨主張するが、具体的被害の生ずる蓋然性の程度を問わない点で疑問が残り、また、未だ被害が具体化しない段階で具体的な慰藉料額を算定することも問題があるので、消極に解するのが相当である。

2  <証拠>によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 騒音の人体への影響

国立公衆衛生院生理衛生学部の長田泰公らの説明によると、騒音の人体への影響の発現経路として生理学的に考えられているところは、次のとおりであり、これを疑うべき格別の資料はない。

騒音は、まず耳から入るが、騒音が強ければ耳の感音器を冒して、難聴(聴力低下)を起こす。次いで耳の感音器からの信号は聴神経を経て大脳皮質の聴覚域に達して音の感覚を生ずるが、聞きたい音と同時に騒音が到達すれば、聴取妨害を起こすし、騒音単独でも「やかましさ」の感覚を発生させる。以上は、音が耳から聴覚域に至る経路で起こり、音に特異的な直接的影響であって、その影響の程度は音の大きさ等の物理的特性との関係が深い。

一方、耳からの信号は脳幹網様体を介して大脳皮質全体に信号を送り、刺激し、刺激がある程度以上の強さであると大脳の精神作業能率を乱し、また、睡眠妨害を起こす。この経路は、音以外の寒暑、痛み等の感覚でも精神的妨害を引き起こす経路であって、音に特異的なものではない。また、網様体から視床下部を経て大脳の旧古皮質へも信号が送られて、不快感、怒り等の情緒影響を起こし、食欲、性欲の不振も起こしうる。視床下部は、とくに内臓等の働きを調節する自律神経の中枢の存在する部位であって、また、下垂体を介して内分泌系の働きを支配する中枢でもある。そのため、ここから脈拍、血圧、呼吸、胃腸の働き等の内臓の働きの変調、皮膚血管の収縮、ホルモンのアンバランス等様々な身体的影響が発生すると考えられる。以上は非特異的な間接的影響である。

こうした影響の発現とその程度は、騒音側、人間側の様々な因子によって左右される。騒音側からいうと、音の大きさ(レベル)のみでなく、音質(周波数構成)、持続時間、頻度、衝撃性やこれらの変動性などによってその負荷量が変わり、また、影響の種類によって各因子の影響の度合も変わってくる可能性がある。人間側についても、性、年齢、健康度、その時々の心身状態、個人の気質、体質、家族関係や社会関係によって異なる。

更に、騒音と人間との間に介在する因子として、地形、気温、家屋の遮音性等の音の伝播要因、慣れと経験、騒音源との社会的関係といった因子にも影響される。騒音による被害には、これらの諸因子が相互に関連しているが、そのうちの重要なものについてすら、右の影響の発現とその程度につき具体的にどのような役割を果たしているのかについては、未だ充分に解明されていない。

こうした騒音の人体に及ぼす影響の複雑性のため、各国において、現在までの知識と経験から、当面の実用のためにWECPNL、NNI等の評価単位により様々な環境基準等が提唱されて用いられているが、当該基準を超えると必ず被害が起こるとか、当該基準以下ならば被害が起こらないとかいうような性質の基準ではなく、このような絶対的基準は未だ提示されていない(前示諸因子の相関関係が解明されていない以上、当然と考えられる。)。

(二) 航空機騒音の特色

航空機騒音の特色としては、音量が大きいこと、騒音の及ぶ面積が広大であること、発生が間欠的であること、家屋構造による遮音が困難なこと、ことにジェット機の場合高周波成分を含む金属的な音質を有することがあげられる。前記のとおり、本件における航空機騒音は、F四EJ等のジェット戦闘機の離着陸時の騒音が中心的なものであるが、右騒音は、変動波形で見た場合、民航機に比して音の立ち上がりが鋭く、一層不快な金属音、衝撃音を伴い、ピークレベルでの不快さの程度は相当なものである。もっとも、その暴露時間、頻度の点では、前記のとおり、平均すると比較的短時間であり、特に夜間は比較的頻度が少ないものであって、この点は後述する騒音の影響に関する各種研究結果や他の空港での調査結果を本件航空機騒音に応用する場合に十分考慮する必要がある。

二生活妨害(睡眠妨害を除く)

1  <証拠>によれば、つぎの事実を認めることができる。

(一) 原告らは、本人尋問及び陳述書において、小松飛行場からの航空機騒音によって、家族、友人、顧客等との会話が中断されること、そのため家庭の団らんが壊されること、電話での通話が妨害されること、テレビ、ラジオ等の聴取が妨害されること、学習、読書等の知的作業が妨害されること、友人や親戚の来訪が遠のくこと、僧職、農業、漁業、飲食業等の職業活動の妨げとなること、自動車のエンジン音や警報音がかき消されるため交通事故の危険にさらされていることなどを訴えている。

(二) 小松市が、昭和五六年二月に、航空機騒音影響調査委員会に委託して行った調査の結果(以下、単に「小松市の騒音影響調査の結果」という。)によれば、小松市内の住民反応を調べたところ、浮柳町(昭和五五年までの防衛施設庁告示によれば、九〇ないし九四WECPNL。以下、単にWECPNL値のみ示す。)、泉町(八五ないし八九WECPNL)、大島町(農村地区。八〇ないし八四WECPNL)において、航空機騒音を「非常にうるさい」とする者の割合は、順に七九パーセント、七六パーセント、七七パーセントの高率を占めた。航空機騒音の影響として、「わりあいひんぱんにある」、「ひんぱんにある」という応答を一括しても(以下の認定において、小松市の騒音影響調査について述べる場合、航空機騒音の影響に関する住民反応の割合は、すべてこの「わりあいひんぱんにある」、「ひんぱんにある」という応答を一括した割合である。)、これら三町では、「会話が妨げられる」、「電話がききとれなくなる」、「テレビやラジオの音がききとれなくなる」と訴える者の割合も高率であり、順に、六六ないし八一パーセント、六六ないし八三パーセント、七三ないし八九パーセントであった。なお、「考えごとや読書ができない」と訴える者の割合は、一七ないし三三パーセント程度にとどまった。

また、本町(市街地区。八〇ないし八四WECPNL)では、航空機騒音を「非常にうるさい」とする者は、二八パーセントであり、航空機騒音の影響として、「会話が妨げられる」、「電話がききとれなくなる」、「テレビやラジオの音がききとれなくなる」、と訴える者の割合は、それぞれ一八、三三、三〇パーセントであり(もっとも、「考えごとや読書ができない」と訴える者の割合は〇パーセントであった。)、前記三町に比較すると、比率は高くないものの、航空機騒音による被害を訴える者が少なくなかった。

これに対し、対照地区である白松町外三町では、航空機騒音を「非常にうるさい」とする者は、北浅井町で一七パーセントいたほかは、ほとんどなく、航空機騒音の影響として、「会話が妨げられる」、「電話がききとれなくなる」、「テレビやラジオの音がききとれなくなる」と訴える者の割合も、二〇パーセント以下の低率であった。また、この四町において、「考えごとや読書ができない」と訴える者の割合は、五ないし〇パーセントの極めて低率であった。

(三) 小松市による右調査において、小松市内の小学校の児童にアンケート調査をしたところ、一級防音校である日末小学校、安宅小学校の児童では、それぞれ八七パーセント、九一パーセントが航空機騒音を自宅での騒音源として指摘し、そのなかで「非常にうるさい」と感じる者がそれぞれ五七パーセント、六八パーセントを占めていた。これに対し二級防音校である苗代小学校、第一小学校の児童では、航空機騒音を自宅での騒音源として指摘する者は、それぞれ三九パーセント、一八パーセントであり、そのなかで「非常にうるさい」と感じるものはそれぞれ二一パーセント、一一パーセントと低率であった。

2  <証拠>によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 他の飛行場での騒音影響調査の結果をみると、次のとおりである。

(1) 東京都が、昭和四五年に横田飛行場周辺(NNI四〇台ないし六〇台)及び対照地区(NNI三〇台)の一〇〇〇世帯を対象にして行ったアンケート調査の結果による、騒音(航空機騒音に限定されない)によって家族との会話の妨害を訴えるものは、NNI四〇台で五〇パーセントとなり、NNI五〇台では会話を中断せざるを得ない者が七〇パーセントになり、NNI六〇台ではこれが九〇パーセントとなっている。電話の聴取妨害ではこの傾向が更に強い。また、ラジオ、テレビ、レコードの聴取の場合、「小さな音でもききとれる」「普通の声でききとれる」以外の回答を支障ありとすると、NNI四〇台で支障ありは七〇パーセント、五〇台で九〇パーセント以上となる。読書・思考の妨害は、以上の三者よりもやや訴えが低く、NNI四〇台で四〇パーセント、五〇台で七〇パーセント、六〇台で八〇パーセントになっている。

これらNNIによる被害の違いをカイ二乗テストで検定した結果、読書、思考の妨害を除き、ほとんど全ての訴えについてNNI三〇台の地域とNNI四〇台の地域との間に有意な差があった。

以上のような被害の原因である騒音源としては、航空機のみでなく自動車、鉄道、工場等が挙げられているところ、会話妨害について何らかの騒音源を挙げた者(総数九九一人中87.2パーセント)が指摘した騒音源の延べ数は一一四九件で、そのうち航空機七六二件、六六パーセントを占めている。

(2) 財団法人航空公害防止協会が、昭和五五年度ないし昭和五七年度に財団法人大阪国際空港メディカルセンターに委託して行った調査結果によると、騒音による騒がしさや生活妨害(会話の妨害、テレビ、ラジオの聴取妨害、読書、勉強の妨害など)に関する訴え(うるささ反応)は、大阪空港周辺地域において、居住地のWECPNL値の上昇に対応して増加する傾向を示し、特にWECPNL九〇以上になるとうるささ反応も急速に高まることが示唆された。

これを具体的にみると、次のとおりである。すなわち、居住地が「非常に騒がしい」又は「耐えられないほど騒がしい」と答えた人の割合は、WECPNL七〇〜八〇の地域で17.5パーセント、WECPNL八〇〜九〇の地域で22.2パーセント、WECPNL九〇以上の地域で56.1パーセントとの結果であった。また、会話妨害について「しょっちゅうある」と答えた者の割合は、WECPNL七〇〜八〇の地域で13.0パーセント、WECPNL八〇〜九〇の地域で23.8パーセントにすぎないのに対し、WECPNL九〇以上の地域で57.0パーセントを占め、また、電話聴取妨害、テレビ、ラジオ聴取妨害についても、「しょっちゅうある」と答えた者の割合は、WECPNL九〇以上の地域でいずれも約六六パーセントとなって、WECPNL七〇〜八〇、八〇〜九〇の地域に比較してかなりの高率をしめるなど、会話妨害とほぼ同様の傾向を示した。一方、勉強、読書、仕事等の妨害について「しょっちゅうある」と答えた者の割合は、以上の会話妨害等に比較すると高いものではなかったが、それでも、WECPNL九〇以上の地域で41.1パーセントとなって、WECPNL七〇〜八〇、八〇〜九〇の地域でそれぞれ9.4パーセント、15.3パーセントであったのと比較してかなりの高率を占めた。そして、会話妨害、電話聴取妨害、テレビ、ラジオ聴取妨害、勉強、読書、仕事等の妨害、睡眠妨害の五項目について質問をし、その回答が、「しょっちゅうある」の場合を三点、「時々ある」の場合を二点、「ほとんどない」の場合を一点として、五つの質問の得点を合計した値である騒音妨害度スコアのの分布を調べたところ、WECPNL七〇〜八〇の地域と同八〇〜九〇の地域はともに九点を中心とした分布を示したが、WECPNL九〇以上の地域は一三〜一五点の高得点の割合が多く、他の二群と異なる分布を示した。

(3) 前記長田泰公が、横田、大阪、千歳、ロンドンの各飛行場周辺における住民の騒音影響調査の結果を比較したところ、会話及びラジオ、テレビの聴取妨害の訴え率は、各地域ともNNIが増加すれば、訴え率も増加する傾向を示し、特に横田と大阪の傾向が一致していた。

(二) 騒音が音声伝達に与える影響についての研究結果等には、次のようなものがある。

(1) 国立公衆衛生院建築衛生学部の小林陽太郎らの研究結果によると、日本語無意味百音節から成る明瞭度テープを使用し、実験室において、白色騒音による音声伝達の影響を調べたところ、S/N比(信号音レベルと騒音レベルの相対比)三〇デシベルで明瞭度は九四パーセントであるが、S/N比が二〇、一〇、〇、マイナス一〇デシベルと下がるにつれて、明瞭度はそれぞれ八五、六八、四五、一五各パーセントと低下する。更に、同研究は、東京都区内の一二小学校の教室内の実際の騒音について調査した結果から、教師の会話レベルを七〇デシベルとするとき、学校教室内の明瞭度を八〇ないし八五パーセントに保持するためには、騒音度分布中央値は五〇ないし五五デシベル以下であることが必要であって、調査した学校の七五パーセントは右の条件を満足させていなかったと結論づけている。

(2) アメリカ合衆国連邦環境保護庁(EPA)が一九七四年に公表した資料によれば、会話音声の了解度を一〇〇パーセントにするためには屋内の騒音レベルはLeq四五デシベル以下にすることが必要であり、屋外と屋内の音響レベルの減少を一五デシベルとすると屋外ではLeq六〇デシベル以下にする必要があるところ、五デシベルの安全限界値を考慮し、更に夜間騒音を重く見た上、会話等を妨害しないなど、公衆衛生及び福祉に何ら影響を与えないためのレベルとして屋外での騒音をLdn五五デシベル以下とすることを提唱している。

なお、右資料中には、他に、戸外において話し手と聞き手が二メートルの間隔で普通の音声を出した場合に九五パーセントの文脈了解度を得る最大等価騒音レベルとして、定常騒音の場合はLeq六〇デシベル、航空騒音の場合はLeq六五デシベルとする研究結果も紹介されている。

(三) 騒音が学習等の知的作業に与える影響についての研究結果には次のようなものがある。

(1) 前記長田泰公らが、一回の持続時間約二〇秒の三種の間欠音、すなわち、ジェット機音、新幹線騒音、ピンクノイズを暴露して各種精神作業に及ぼす影響を調べたところ、標示灯に対する反応時間テストの場合、五〇ないし八〇デシベル(A)の範囲では無音のときよりも促進的、覚醒的に作用し、一〇秒間の時間を再現するテストの場合、ほとんど影響はみられず、図形数え作業テストの場合では、騒音を聞かせることによって数え残しが増したが、騒音レベルや頻度の差による影響の違いは検出できなかった。右長田は、右の結果から、騒音はある程度まで精神作業を促進するが、作業が複雑になったり、長引いたりすれば妨害的に働くこと等が示唆されるとしている。

(2) 神戸大学助手安藤四一が、昭和四八年に大阪国際空港周辺の騒音地区の二小学校及びこれと対照するための非騒音地区の二小学校の児童を対象にして、教室内ピーク音圧九〇プラスマイナス五デシベルの航空機騒音等に暴露して行ったクレペリン精神作業検査の結果によれば、二年生の場合、前半の作業中は刺激音による作業曲線上の動揺が大きいが、後半では動揺がなく、この点については地域差が認められなかった。一方、四年生の場合では、騒音地区の児童に、刺激音の有無にかかわりなく、V型の落ち込みをする者の割合が大きかった。

(3) 日本女子大学名誉教授児玉省が、昭和四一年度において、横田飛行場周辺の昭島市の小学生三年生及び六年生に、ジェット機騒音、その他の日常の騒音等を組合せた録音テープを聞かせて、各種の知能検査、適性検査等を行ったところ、ジェット機騒音下の成績の方が他の騒音、音楽、空白下における成績を上回った。これについて右児玉は、騒音地区の児童は航空機騒音に馴れを生じており、中毒症状的状態になっているものと推測している。

3  考察

(一) 会話、電話聴取及びテレビ、ラジオ等の聴取妨害等について

騒音が音声伝達の妨げとなることは、日常生活においても経験するところである。前記第三で検討した結果、とりわけ検証結果(騒音測定)によると、原告らのうちには、居住地の屋外において最高一〇〇デシベル程度にも及ぶ航空機騒音に暴露されている者もいることが認められ、こうした騒音が、会話、電話聴取及びテレビ、ラジオ等の聴取妨害につながることは、前記検討した研究結果によらないでも、通常の経験則上も是認することができる。

ところで、前記第三で検討した結果によれば、こうした騒音の一日当たりの継続時間の年平均値は、騒音の程度が高い方である常時測定点での計測結果によっても、一日二〇分を下回るものであり、かつ、一機当たりの継続時間もせいぜい二五秒程度のものである。したがって、騒音暴露時に生じると考えられるこうした会話等の妨害も、比較的短時間にとどまるものということができる。また、前記検証結果(騒音測定)によれば、防音工事の有無を問わず、屋外の騒音値が高い場合でも室内ではほとんど七〇デシベル(A)以下となっていることが認められる。以上に照らすと、会話、電話聴取及びテレビ、ラジオ等の聴取の通常の場であるところの室内では、聴取困難の程度もかなり軽減されているものということができる。

もっとも、右短時間の会話等の妨害にとどまる場合でも、それ自体不快感を生じさせることがあり、かつ右不快感は騒音の消失に伴って直ちに解消されることなく暫くの間は残存することが経験則上明らかであるので、前記のとおり、これが日常頻繁に起こるときには、右不快の程度が相当高まるものであって、後記心理的、情緒的被害に結びつくと思われる面でも無視し難いものがあるといえる。また、右室内の騒音は、検証時に窓を閉めた状態で測定したら概ね七〇デシベル(A)以下であったというものであるところ、前記研究結果等によれば七〇デシベル(A)の騒音でも音声伝達に相当の支障があると認められるから、それ自体室内の騒音レベルとしては相当高いものであり、更に、通常夏期等に窓を開放した状態で生活することが少なくないことを考えると、室内における騒音被害もかなりの程度に達しているものと見るのが相当である。そして、こうした会話等の妨害のため家庭の団らんを害することがあることや、親戚や友人等がこれらの騒音を嫌って、原告らの居宅への訪問や宿泊を避けたりすることがありうることを否定することはできない。なお、原告らのうち、こうした会話等の妨害のため、僧職において説教が聞こえない、飲食業において注文が聞き取りにくい等の職業上の被害を訴える者もいるが、そのような職業上の被害は会話等の妨害によって派生的に生ずる影響と把握することができよう。

次に、原告らの中におけるこうした被害の程度の地域差について考察するに、前記小松市の騒音影響調査や他の飛行場での騒音影響に関するアンケート調査の結果により、居住地のWECPNL値ないしはNNI値によって、被害の訴え率に差があり、こうした被害に地域差のあることを認めることができる。とりわけ、小松市の騒音影響調査の結果を重視すると、おおよそWECPNL八五以上の地域では、会話等の妨害の訴えが相当数あり、こうした地域ではこれらの被害がかなり耐え難い状態に達していることが認められる。これに対して、本町(市街地区。八〇ないし八四WECPNL)においては、かかる騒音被害の訴えは少なくないものの、その外の騒音地区の三町に比較するとやや低率であることが認められ、地域の騒音レベルと周囲の環境如何によって、被害感覚に差があることを示唆しているものと考えうる。

(二) 学習、読書等の知的作業の妨害について

前記研究結果等によっても、騒音の精神作業に対する影響については具体的にこれを明らかにする資料は得られていないところ、こうした知的作業に対する騒音の影響は、作業の性質、人間の心理状態等の要因ばかりか、いわゆる「慣れ」によっても左右されうるため、単純に被害の有無、程度を論ずることはできない面を有すると考えられる。この点、前記住民の訴え等のアンケート調査によっても、会話等の妨害に比して、それほど高い訴え率を示していないといえる。ちなみに、小松市による前記騒音影響調査の結果によれば、騒音地区でも、「考えごとや読書ができない」と訴える者の割合は、一七ないし三三パーセント程度にとどまっている。もっとも、一般に騒音が学習、読書等の知的作業の妨害となりうることは経験則上明らかである。前記財団法人航空公害防止協会の調査結果によると、勉強、読書、仕事等の妨害について「しょっちゅうある」と答えた者の割合は、WECPNL九〇以上の地域で41.1パーセントとなっており、同地域において「時々ある」と答えた者の割合が32.4パーセントあり、右と合わせると73.5パーセントにも達していることも考慮すると、こうした被害が特に騒音の激しい地域では無視し難い程度に達していることが窺える。

(三) 交通事故の危険について

原告らが訴えているように、一般に航空機騒音によって自動車のエンジン音や警報音がかき消されて、自動車の接近に気がつきにくいことがあることは考えられないではない。もっとも、これが原因で事故が生じたとか、小松飛行場周辺でそのために事故が多発している等の確たる証拠はない。前記のとおり騒音継続時間は一日のうちで短時間であることも考慮すると、通常の場合と比較して無視し難い程度の交通事故の危険性が生じているとは考えにくい。交通事故発生の危険性については、これを認めるに足りる証拠はない。

三睡眠妨害

1  <証拠>によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 原告らは、本人尋問及び陳述書において、小松飛行場からの航空機騒音によって、睡眠中に目を覚まされ、そのまま寝つけなくなったり、熟睡できなくなったりして睡眠不足になったことがあるなどと訴えており、特に昼寝の妨害を訴える者が多数存する。昼寝の妨害以外では、深夜早朝の緊急発進、早朝の地上音による睡眠妨害を訴える者がやや目立つ。また、これら被害は、特に夜勤者、乳幼児を養育する者等において深刻な悩みとなっている旨訴えている。

(二) 前記小松市の騒音影響調査の結果によれば、浮柳町(九〇ないし九四WECPNL)、泉町(八五ないし八九WECPNL)、大島町(農村地区。八〇ないし八四WECPNL)において、航空機騒音により「ひるねができない」と訴える者の割合は、順に四五パーセント、一六パーセント、四一パーセントと相当の割合を占めた。これに対し、本町(市街地区。八〇ないし八四WECPNL)及び対照地区である白松町外三町では、その割合は〇ないし八パーセント程度にすぎない。また、「なかなか寝つけない」、「寝ているとき目を覚まされる」と訴える者の割合は、最も多い浮柳町でも順に一二パーセント、二三パーセント程度であり、騒音地区の他の三町と対照地区の四町では、その割合は〇ないし八パーセントの低率であって、目立った差はなかった。

2  騒音が睡眠に与える影響に関する研究結果等について検討するに、<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 東京都が昭和四五年に横田飛行場周辺で行った前記アンケート調査の結果によると、夜間の睡眠妨害の訴え率は、NNI四〇台で約二五パーセント、五〇及び六〇台でいずれも約四〇パーセントであり、昼寝の習慣がある者による昼寝の妨害の訴え率は、NNI四〇台で約四〇パーセント、五〇台で約六五パーセント、六〇台で約七〇パーセントであった(もっとも、NNI三〇台(対照地区)でも、夜間の睡眠妨害の訴え率は約二〇パーセント、昼寝の妨害の訴え率は約三〇パーセントもあり、また、夜間の睡眠に関し、NNI六〇台の地域でも「さしつかえない」とする者が約六〇パーセントも存した。)。

(二) 労働科学研究所の大島正光らが、二〇歳ないし三九歳の被験者四名に対し、五〇〇サイクル、五〇ないし七五フォーン(Phon)、持続時間三秒の純音を三〇秒ないし五分間隔で不規則に暴露した実験の結果によると、就寝を妨害し、朝の覚醒を促進する騒音の下限は四〇ないし四五フォーン(Phon)であり、測定された反応の度合いは覚醒時よりも就寝時に大きかった。

(三) 騒音影響調査研究会が行った研究の結果は次のとおりである。

(1) 騒音地区に住んでいない男子学生三名又は八名を対象にして、夜間の睡眠時間約八時間にわたって、ピーク値六五、七五、八五デシベル(A)、持続時間一七秒のジェット機騒音を暴露した実験の結果によると、騒音を暴露した場合、暴露しない場合に比べて全睡眠時間に占める深い睡眠段階の割合が減少し、睡眠深度の変化が頻繁になった。

すなわち、六五デシベル(A)の騒音暴露では、浅い睡眠状態(六段階法による第一段階)ではほとんどの者が覚醒するなど、浅い睡眠状態(六段階法による第一及び第二段階)で覚醒する者が現れ、七五デシベル(A)の騒音暴露では、中位の睡眠状態(第三段階)で睡眠が浅くなるか、覚醒する者が多いが、深い睡眠状態(第五段階)では変化しない例が多く、八五デシベル(A)の騒音暴露では、中位の睡眠状態(第三段階)では睡眠が浅くなるか覚醒するかしたが、深い睡眠状態(第五段階)では変化のある場合とない場合があった。また、実験を重ねるにつれて深い睡眠状態の占める割合が増加する傾向を示し、騒音を暴露しなかった場合に近づく傾向を示した。

(2) 大阪国際空港周辺の伊丹地区(伊丹群)及び比較的静穏な地区(対照群)に居住する二歳六か月ないし四歳の幼児を対象にして、薬物によって幼児を眠らせ、幼児が覚醒して実験を中止しなければならない時までピーク値六五、七五、八五、九五デシベル(A)、持続時間一七秒のジェット機騒音を暴露した実験の結果によると、六五デシベル(A)の騒音暴露では、比較的浅い睡眠段階にあった幼児でもほとんどの者が変化を示さなかったが、七五デシベル(A)ではその割合が減少し、八五デシベル(A)になると比較的浅い睡眠段階でも半数が、深い睡眠段階でも約三〇パーセントの者がそれぞれ変化を示し、九五デシベル(A)に至るとほとんどの者が騒音暴露前の睡眠段階から浅い睡眠段階に変化した。刺激後一分以内に覚醒し実験を中止しなければならない事例は、対照群では一八例中一三例であるのに対し、伊丹群では二〇例中八例と顕著な差を示し、日常騒音に暴露されることの多い伊丹群に慣れの傾向が窺えた。また、脳波、容積脈波、心電図、筋電図は、各刺激強度が強くなるに従って、反応も高率になることが認められ、各刺激強度間に有意な差があった。

(四) 前記長田泰公らが男子学生を対象として行った一連の実験結果は次のとおりである。

(1) 四〇デシベル(A)と五五デシベル(A)の工場騒音及び交通騒音を六時間連続暴露して脳波、血球数等を測定した実験の結果によると、騒音により睡眠深度の変化が頻繁になり、平均睡眠深度は無音にした対照実験に比べて四〇デシベル(A)の騒音でもかなり浅くなり、好酸球数及び好塩基球数(本来睡眠中は増加するもので、睡眠不十分だと増加度が小さいとされる。)は、四〇デシベル(A)で増加が抑制されるようになり、五五デシベル(A)では逆に減少した。

(2) 次いで、四〇デシベル(A)及び六〇デシベル(A)の騒音(白色騒音と一二五ヘルツ及び三一五〇ヘルツの各三分の一帯域騒音の三種類)を用い、六時間のうち三〇分に一回の割合で、2.5分の連続騒音と一〇秒オン、一〇秒オフの断続騒音(オン時間の合計2.5分)とに不規則に暴露して前同様に測定した実験の結果によると、覚醒期脳波の出現回数が前回よりも多く、平均睡眠深度も浅くなり好酸球数及び好塩基球数の変化は右(1)の工場騒音、交通騒音の場合の四〇デシベル(A)と五五デシベル(A)の中間にあたる影響を示し、また、こうした暴露時間の合計が三〇分間にすぎない断続騒音でも六時間連続騒音と同程度の睡眠妨害をもたらすことが示された。

(3) 更に、五〇デシベル(A)と六〇デシベル(A)の新幹線列車鉄橋通過音、ジェット機爆音を用い、前後三時間づつ、五ないし二〇分に一回の割合で断続騒音に暴露し、対照実験として四〇デシベル(A)のピンクノイズの連続騒音に暴露し、それぞれ前同様に測定した実験によると、就寝後一時間の脳波を見ると、睡眠深度については、四〇、五〇、六〇、デシベル(A)の順に浅くなっていく傾向を示したものの有意な差ではなかったが、睡眠段階が十分深くなるまでに要する時間については、右の順に有意に延長しており、例えば、四〇デシベル(A)のピンクノイズに比べ、列車騒音及びジェット機騒音の六〇デシベル(A)では三ないし四倍になった。また、好酸球数及び好塩基球数については、睡眠後に減少していることが認められたものの、その変動率に騒音レベルによる有意な差は見出しえなかった。

(4) なお、以上の実験の被験者となった男子学生の大半は騒音に気付かず、騒音による睡眠妨害を訴えなかったと報告されている。

(五) もっとも、右(四)の長田泰公らの実験に対しては、中村賢二により、順位尺度である睡眠深度を間隔尺度と同様に平均値を求めて平均睡眠深度を比較するのは失当であり、また、いわゆる逆説睡眠を考慮していない等の批判がなされている。

(六) そのほかの研究結果等によると、六〇ないし八五デシベル(A)程度では、必ずしも騒音レベルと睡眠への影響の程度との間に有意な相関関係が認められないこと、航空機騒音の睡眠に対する影響は個人の騒音に対する感受性によっても異なり、一般に年齢が上昇するにつれて影響が大きくなること等を指摘するものがある。

3  考察

(一) 騒音の睡眠に対する影響は、右に検討したとおりであって、その他の証拠等によっても、ことに量的対応関係については未だ十分に解明されたといい難い状況にあり、また、本件証拠上、睡眠妨害の長期的影響に関する確たる研究結果は見当たらない。

更に、小松飛行場における航空機騒音の発生状況等の実際に照らして検討するに、前記認定のとおり、通常訓練は午後八時又は九時(前示のとおり、夏期等の場合に午後九時になることがある。)から翌午前七時までは実施しない旨の運航規制が行われていて、これが概ね遵守されている状況にあり、この夜間の時間帯に行われる可能性のある演習の一部、緊急発進、災害派遣等も、回数としてはさほど多くないものであり、常時測定点における測定結果によれば、一日当たり0.5回程度の少ない回数となっている。したがって、こうした騒音発生回数に照らして、前記実験室での研究の結果等をそのまま本件事例に当てはめることは相当でない。

前記小松市の騒音影響調査の結果において、「なかなか寝つけない」、「寝ているとき目を覚まされる」と訴える者の割合は、調査対象のなかで最も騒音激甚地区であると思われる浮柳町でも順に一二パーセント、二三パーセントにとどまるとされ、他の三町の騒音地区及び四町の対照地区ではこれが更に低率であったとされていることに照らすとき、小松飛行場が原告ら付近住民に及ぼす夜間の睡眠妨害が深刻な状況にあったことについては、疑問が残る。

(二) もっとも、昼夜を問わず、騒音が睡眠の妨げとなることは、日常生活において誰もが経験することであり、当裁判所が検証時に観測した七〇ないし一〇〇デシベル(A)程度の騒音が人の睡眠を十分に妨げることは、前示各種の研究結果上明らかである。こうした睡眠妨害がたとえ一晩当たり0.5回程度の少ない回数であったとしても、このような経験を日常重ねることによって航空機騒音に対する不快感が高まっていくことも容易に理解できるところであって、前記原告らの睡眠妨害の訴えも、それなりに理解しうるものである。したがって、このような趣旨範囲において、原告らは、その居住地域や各自の生活形態等にもよるが、多かれ少なかれ航空機騒音による睡眠妨害を受けているものと認められる。また、前記小松市の騒音影響調査の結果等によっても、日中での睡眠妨害もないわけではないことが認められ、原告らが、夜間勤務や病気療養等日中の睡眠を要する場合(全ての原告においてその可能性があるといえる。)には、相当の被害を生じうるものである。

睡眠に関するこの被害は、後記のとおり、被告の補助による住宅防音工事の施工によって、ある程度緩和されつつあるといえるが、住宅を開放せざるを得ない夏期等においては、右工事による被害緩和の効果を享受できないと認められるなど、そうした被害は解消したというにはほど遠いものといわざるを得ない。

四心理的、情緒的被害

1  <証拠>によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 原告らは、本人尋問及び陳述書において、小松飛行場に離着陸する航空機の発する轟音や振動によって圧迫感や恐怖感を覚え、「いらいらする」、「怒りっぽくなる」、「気が休まらない」、「落ち着きがなくなり、神経質になる」等の情緒的被害をほぼ例外なく訴えている。また、航空機が上空を通過する際の墜落の恐怖を訴える原告も多い。

(二) 前記小松市の騒音影響調査の結果によれば、浮柳町(九〇ないし九四WECPNL)、泉町(八五ないし八九WECPNL)、大島町(農村地区。八〇ないし八四WECPNL)において、航空機騒音により「いらいらしたり腹がたつ」と訴える者の割合は、順に五五パーセント、三二パーセント、四九パーセントとかなりの割合を占めた。これに対し、本町(市街地区。八〇ないし八四WECPNL)、対照地区である白松町外三町では、その割合は〇ないし七パーセントであって、ほとんど存しなかった。また、「飛行機が通るとハッとする」と訴える者の割合は、前記浮柳町、泉町、大島町で順に四一パーセント、二四パーセント、四三パーセントであり、「ゆっくりとくつろげない」と訴える者の割合は、右三町で順に五五パーセント、二〇パーセント、三四パーセントと同様にかなりの割合を占めた。これに対し、本町及び対照地区である白松町外三町では、その割合は同様に低率であった。

(三) 寺井病院医師である原告谷口尭男らは、騒音被害医学調査班を組織し、入院患者、原告及びその家族、地域住民等を対象にして、昭和五八年から昭和六二年にかけて、航空機騒音の身体的影響を中心とした各種の調査を行っているが、そのうち心理的、情緒的被害に関する調査結果のうち主要なものは次のとおりである。

(1) 昭和五九年九、一〇月及び昭和六〇年二月に騒音地域(WECPNL八〇以上)及び非騒音地域の住民中、騒音調査の趣旨を説明して協力を得られた者を対象にして、アンケートによる調査を実施したところ、騒音地域の住民に、「いらいらして腹立たしい」、「ゆっくりとくつろげない」と訴える者の割合が高率であり、同時に実施したTHI法(東大・ヘルス・インデックス法)による健康度調査によると、騒音地域の女子では、多愁訴性、直情径行、心身症傾向等で、同男子では、多愁訴性、心身症傾向、神経症傾向等で頻度が高かった。右結果について、右谷口らは、比較した標準集団は比較的若い労働者集団であったため、社会構造が類似する非騒音地域の集団との比較が本来は必要であるが、一定のパイロット調査としての意義があったとしている。

(2) 次いで、昭和六一年一一月ないし昭和六二年五月に、原告及びその家族一二五名を対象にして、一般健診、聴力健診等と合わせて問診、アンケート調査等をおこなったところ、いらいらするというような神経症状の訴えが多く、THI法による健康度調査の結果では、男女とも多愁訴性、心身症傾向が多かったとしている。

(3) 更に、右(1)の調査資料に加え、昭和六二年三月ないし一〇月に騒音地域(WECPNL八五以上)及び非騒音地域の住民を対象にして行ったTHI法による健康度調査によって得られた資料等から、健康障害が高率と考えられる六〇歳以上の高齢者を除外して、騒音地域及び非騒音地域において性、年齢を一致させた男子一〇〇ペア、女子八〇ペアを構成し、騒音地域及び非騒音地域に差が認められるかどうかを検討したところ、騒音地域の方が、男女とも多愁訴性、心身症傾向の項目で非騒音地域よりも多く、有意な差があり、女子では情緒不安定の項目についても有意に多かったとしている。

2  他の飛行場での騒音影響調査の結果を検討するに、<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 東京都が昭和四五年に横田飛行場周辺で行った前記アンケート調査の結果によると、身体的情緒的影響に関する一六個の影響のうち該当するものを指摘させたところ、一個でも影響があると指摘した者の割合は、NNI四〇台で三〇パーセント、五〇台で六〇パーセント、六〇台で六〇パーセントを少し超えており、その内容は身体的影響よりも情緒的影響の方がはるかに多く、また、情緒的影響の中では、「気分がいらいらする」、「不愉快である」、「頭にくる」、「しゃくにさわる」とする者が多く、そのうち「気分がいらいらする」、「不愉快である」の項目についてNNI三〇台(対照地区)とNNI四〇台の各地域間で有意差があった。

(二) 前記財団法人航空公害防止協会の調査結果によると、大阪東京両国際空港及び福岡空港周辺において、成人女性を対象にして行ったTHI法による健康調査の結果では、大阪空港では「多愁訴性」、「直情径行性」、「情緒不安定性」、「神経質」等六尺度の尺度得点と、「心身症傾向」及び「神経症傾向」の二判別値が、WECPNL値の高い地域ほど高くなっていた。もっとも、東京及び福岡の各空港周辺ではWECPNL値の上昇に対応して増加した尺度得点や判別値は認められなかったが、右調査の報告者は、右二空港周辺のWECPNL値のレベルが低かったことや地域住民の性格的特性の差等の影響が考えられるとしている。

3  考察

小松飛行場周辺の航空機騒音の主たる原因であるジェット戦闘機の爆音は、前記のとおり、強大かつ不快な高周波成分を含む金属的な音質を有し、しかも、その発生は、一定時間帯に集中する傾向はあるものの、一般に不規則で暴露される者にとって突発的なものであって、このような騒音に暴露される付近住民が、苛立ちや不快感等の情緒的被害を訴えることは、十分理解できるものである。一般に音に対する不快感の有無程度は、個々人の社会的及び心理的要因等によって大きく左右されるものであることなどが報告されているところであるが、右のとおりジェット戦闘機の騒音は、それ自体の強大かつ独特の音質からして、右の個別の要因に関わらない不快な要素が多いと考えられる。また、原告ら小松飛行場周辺住民は、小松飛行場に離着陸する民航機によって便益を受けることがありうるとしても、一般的日常的にそのような便益を享受しているわけではなく、ましてジェット戦闘機については、一般国民としての立場を除いて、付近住民として具体的便益を受けることがあり得ない関係にあるから、本件原告らにあっては、特にこうした要因が右騒音の不快感を増大させる方向に働いていると考えうる。こうした苛立ちや不快感等が日常繰り返されることによって、種々の心理的、情緒的反応を来す可能性のあることは、もとより否定することができない。右1及び2において検討した各種調査結果等も、その趣旨範囲内でこれを裏付けるものと理解しうる。そして、前に検討した生活妨害及び睡眠妨害という内容も、最広義の情緒的被害(人の健康を考えるとき、身体と精神を明確に分断することは困難であるが、本件にあって「身体的被害」として把握されていない、その余の被害という趣旨である。)に結びつくものであって、これらの被害は互いに密接に関連したものであって、本件騒音により渾然一体たる被害が生じているものといえる。

五聴覚被害(聴力障害及び耳鳴り)

1  <証拠>によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 原告らのうち、かなりの者が、本人尋問及び陳述書において、航空機騒音の影響により、「耳鳴りがする」、「耳が聞こえにくくなった」、「(寺井病院の検診等によって)難聴と診断された」等の聴覚障害を訴えている。

(二) 一方、小松市による前記騒音影響調査の結果によれば、航空機騒音により「耳が痛い。耳なりがする」と訴える者の割合は、最も多い浮柳町(九〇ないし九四WECPNL)、泉町(八五ないし八九WECPNL)でも、一四パーセントであって、全体として他の訴えに比して低率であった。

2  右のような原告ら小松飛行場周辺住民の訴えに鑑み、原告ら小松飛行場周辺住民に本件航空機騒音による聴覚障害が生じているかどうかを判断することとするが、まず、騒音が聴覚に与える影響に関するこれまでの医学的知見や実験室等における各種研究結果等について概観することとする。

<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 騒音職場に永年勤務した者の聴力を測定してみると、三〇〇〇ないし六〇〇〇ヘルツ、特に四〇〇〇ヘルツ付近の聴力が最も強く障害を受けていることが判明するが、この四〇〇〇ヘルツ付近の聴力損失は、騒音性難聴の重要な特徴の一つとされており、オージオグラム上で音階のC5にほぼ等しい周波数のところで深い谷を形成することからC5ディップと名付けられている。この谷は聴力低下の進行とともに深く広くなり、次第に会話音域(五〇〇ないし二〇〇〇ヘルツ)の聴力損失へと波及する経過を辿ると考えられている。これに対し、老人性難聴及び薬物に起因する難聴は、より高い周波数からより低い周波数へと進行するものである。もっとも、C5ディップのすべてが、騒音暴露に起因するということを必ずしも意味するものでなく、一酸化炭素中毒の場合もC5ディップが出現するとの報告もある。

(二) 騒音暴露による聴力の変化として、一時性域値移動(noise in-duced temporary threshold shift NITTS。単にTTSということもある。)と永久性域値移動(noise induced permanent threshold shift NIPTS。単にPTSということもある。)が区別され、前者は強大音暴露直後の一時的な聴力低下を指すもので、時間の経過により回復するものであるが、後者は、聴力低下が固定し、回復しないものをいう。NITTSは、NIPTSと密接な関係を持つと言われており、特に、アメリカ合衆国国立科学アカデミー聴覚・生物音響学・生物力学研究委員会(CHABA)の答申によれば、一日八時間、常習的(週五日以上)、長年月(一〇年ないし二〇年以上)暴露の場合のNIPTSは、正常聴力を有する青年が同一騒音に八時間暴露され二分間休止したときのNITTS(NITTS2又は単にTTS2と略記する。)にほぼ等しいとされている。NIPTSの研究には、現場調査が必要であり、この場合、聴力に影響を与える多くの要因に対する条件規制が十分に行い得ないことなどの欠点があるので、集団的に観察した場合にNITTSとNIPTSに密接な関係があると仮定(TTS仮説ということがある。)し、NITTSを指標として、騒音の聴覚に対する影響を研究する方法が活発化している。左記山本剛夫らの研究もこの立場に依拠するものである。もっとも、NITTSとNIPTSとの関係は単純なものではなく、多数の統計的資料から巨視的にみると、一般的にはある騒音暴露条件のもとのNITTSによって、その騒音暴露条件のもとにおけるNIPTSを統計的に予測できると考えられるが、特定の個人については、NITTSからNIPTSを予測することは困難であると考えられている。これに対して、一日を単位として耳に入る音のエネルギー総量を基準としてNIPTSを予測する等価エネルギー仮説も立てられており、後記EPAの発表した騒音レベルも右仮説に基づくものである。

(三) 京都大学教授山本剛夫らは、空港周辺で録音した航空機騒音を、防音室内で男子学生に暴露する実験によって、航空機騒音によるTTSの発生についての研究をし、その結果を騒音影響調査委員会の昭和四五年度、昭和四六年度の報告書等にまとめているが、その結果は次のとおりであった。

(1) ピークレベル一一〇、一〇七、一〇五デシベル(A)の航空機騒音(コンベア八八〇の離陸音)を二分間に一回又は四分間に一回の割合で(一一〇デシベル(A)については八分間に一回の暴露も行った。)オフタイムも含めた総暴露時間約九六分になるように暴露して、暴露後約一〇秒から四〇秒間オージオメーターによって聴力を測定し、主として四〇〇〇ヘルツのTTSを検討した。その結果、一一〇、一〇七デシベル(A)の場合、いずれの暴露条件でも明らかなTTSを生じ、暴露時間の増加とともにその値は拡大した。また、一〇五デシベル(A)の場合、二分に一回の暴露では、暴露時間約二〇分以降からTTSの顕著な増加がみられ、四分に一回の割合の暴露では、暴露時間約五〇分以降からTTSの増加がみられた。

(2) 次いで、ピークレベル一〇〇、九五、九二、八九デシベル(A)の航空機騒音(DC八の離陸音)を二分間に一回の割合で(九五デシベル(A)については四分間に一回の暴露も行った)オフタイムも含めた総暴露時間が一〇〇デシベル(A)で約一九二分、その他のピークレベルで約八時間三二分になるように暴露し、その後、前回同様に聴力を測定して、主として四〇〇〇ヘルツのTTSを検討した。その結果、TTSはオフタイムも含めた総暴露時間の対数に関してほぼ一次式の関係で増加すること、九二デシベル(A)を二分間に一回の割合で暴露した場合と、九五デシベル(A)を四分間に一回の割合で暴露した場合とは、暴露した総エネルギー量は等しいと考えられるのに、TTSの値は、前者の方が有意に大きかったことが分かった。

(3) また、右実験と一般的な条件を同様にした上、より低いピークレベルの騒音を暴露した追加的研究によれば、ピークレベル八三デシベル(A)の航空機騒音を二分間に一回の割合で約二五六回(オフタイムも含めた総暴露時間は約八時間三二分)暴露した場合、TTSは最大で四デシベルであり、騒音を暴露しない場合の域値の変動がプラスマイナス二デシベルあることから、TTSを生じさせうる限界の暴露にかなり近いと考えられるとしている。

(4) 以上の研究結果等に基づいて、山本教授は、①TTSを生じるかどうかの限界のピークレベルは七五ないし八〇デシベル(A)の範囲にあると考えられること、②五デシベル、一〇デシベルのTTSを与える場合のNNIは、それぞれ四八ないし六〇、五六ないし六三、また、ECPNLは、それぞれ八二ないし九三、八八ないし九五と考えられ、暴露条件によってばらつくことから、これらの指標はTTSを用いて航空機騒音を評価する場合の指標としてはかならずしも適切でないこと等の結論を得たとしている。

(四) 財団法人航空公害防止協会が昭和大学教授岡本途也らに委託して、昭和五二年より三か年にわたって実施した調査結果のうち、航空機騒音に関するものについてみると、次のとおりである。

すなわち、空港付近で録音したB七四七の騒音を、負荷騒音以外の騒音が入らない部屋で再生し、被験者に対し二分三〇秒間に一回の割合で八時間暴露したところ、ピークレベル九三、九六、九九、一〇二、一〇五デシベル(A)の各騒音の暴露で四〇〇〇ヘルツのTTS2が四デシベル以上であった者の割合は、順に9.3、24.0、19.1、25.6、22.5パーセントであり、同TTS2の平均値は、順に0.89、1.66、2.19、2.04、1.98デシベルであった。また、一〇五デシベル(A)の騒音を八時間暴露した後でも三〇分経てば、TTSはほとんど正常に回復していた。この結果から、報告者らは、程度の差はあれ航空機騒音が大となるにつれて、TTSも大となる傾向があり、九九デシベル(A)以上であれば何らかの作用を聴器に与えることは否定できないとしながらも、右のように騒音暴露によるTTSの上昇が平均2.2デシベル以下と小さくてその存在を証明しにくいことから、航空機騒音連続八時間暴露によるTTSの上昇を認めることは困難であると総括している。

(五) 前記EPAが一九七四年に公表した資料によれば、最も騒音による影響を受けやすい四〇〇〇ヘルツ付近において、五デシベル以上のPTS(聴力レベルにおける五デシベル以下の変化は一般的に無視できるか重大でないと考えられるとする。)が生じないように、実質的にすべての住民を保護するための騒音レベルとしては、四〇年間にわたり一日八時間年間二五〇日の騒音暴露という条件設定の下においてLeq(8)七三デシベルという数値になり、これを環境騒音に適合させるため、暴露時間一日二四時間、年間三六五日として間欠騒音の補正をすると、Leq(24)71.4デシベルとなるから、これを安全限界に引き直して、聴力損失から保護するための間欠騒音のレベルをLeq(24)七〇デシベルと決定すべきであるとしている。このLeq(24)七〇デシベルはWECPNLでいえば、ほぼ八五に相当すると言われる。

3  次に、小松飛行場及びその他の空港等の周辺住民に対する聴力障害に関する実地調査の結果について検討するに、<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 原告谷口尭男らによる前記調査結果は、次のとおりである。

(1) 谷口らは、昭和六一年一一月から昭和六二年五月にかけて、本件原告ら九三名とその家族三二名の合計一二五名(居住地域は、当時の防衛施設庁告示によるWECPNL七五ないし九〇の地域で、このうちWECPNL七五又は八〇の地域内に居住するものが多かった。)を対象とする二次にわたる健診を行い、その際、オージオメーターを用いて聴力検査も行った。その結果によれば、それら原告家族集団について、いずれか一耳の六分式法による平均純音聴力損失値(MAA)が二〇デシベル以上の者は五六名(44.8パーセント)あり、また、いずれか一耳の四〇〇〇ヘルツの聴力損失値が三〇デシベル以上のC5ディップのパターンを示す者が二七名(21.6パーセント)いた。このうち、六〇歳以下の騒音職歴、耳疾患のない者に限定すると、一耳のMAAが二〇デシベル以上の者は一七名(30.9パーセント)、一耳に三〇デシベル以上のC5ディップを示す者は七名(12.7パーセント)あり、六〇歳以下の騒音職歴、耳疾患のない者のこれら聴力障害を示す者の占める割合は、非騒音地域のそれに比して、統計学上有意(誤差率五パーセント未満)に高率であったとしている。

(2) また、右原告家族集団の健診の際、アンケートによって、難聴、耳鳴りを訴える者を調べたところ、難聴又は耳鳴りの一方又は双方を訴える者は、四四名(35.2パーセント)おり、そのうち三一名(70.5パーセント)の者に実際に三〇デシベル以上の聴力損失を認めたとしている。

(3) 谷口らは、右調査の対象となった原告家族集団がWECPNL七五又は八〇の地域に居住する者を中心としていたことから、より騒音が激しいと思われる小松市丸の内、佐美、安宅新というWECPNL八五ないし九〇の騒音地域から一一七名、対照地域として千木野、南郷という非騒音地域から六二名をそれぞれ選んで聴力検査、問診を含む各種の医学調査を行った。その結果によれば、騒音地域で難聴又は耳鳴りの一方又は双方を訴える者は、六一名(52.1パーセント)おり、そのうち五一名(83.6パーセント)の者に実際に三〇デシベル以上の聴力損失を認めたとしている。

(4) また、原告家族集団と同様に右騒音地域住民一一七名について、一耳のMAAが二〇デシベル以上の者、一耳に三〇デシベル以上のC5ディップを示す者の人数を調べたところ、それぞれ六三名(53.8パーセント)、四六名(39.3パーセント)と、非騒音地域のそれに比して有意に高率であって、六〇歳以下の騒音職歴、耳疾患のない者に限定しても、それぞれ一〇名(31.2パーセント)、七名(21.9パーセント)であって、同様に統計上有意な差を示したとしている。

(5) 以上の聴力検査を受けた三〇四名から、全周波数について測定した二六二名を選びだし、更にそこから騒音職歴のある者、耳疾患のあった者、左右のMAAの差が一〇デシベル以上の者等を除いた一二五名について、そのうち騒音による影響を見るのに適した五〇歳以下の集団(騒音地域三八名、非騒音地域二六名)を比較したところ、全周波数の平均聴力損失値及びMAAのいずれについても、騒音地域の集団の方が非騒音地域の集団に比して大きく、統計上有意な差を示した。また、これについて多変量解析の数量化Ⅰ類法を用いて分析したところ、五〇歳以下の集団において、騒音地域と非騒音地域は、MAAで約六デシベルの差を示しており、その相関係数は、0.557と、かなりの相関を示したとしている。

(二) また、前記児玉省が、昭和四一年から五年間にわたり、横田飛行場周辺において実施した調査のうち、児童に対する聴覚検査の結果は、次のとおりである。

すなわち、横田飛行場の近辺で騒音の激しい地域にある拝島第二小学校の児童と、比較的騒音の低い地域にある東小学校の児童の聴力損失の度合いを比較すると、前者の方が(1)平均値では一〇〇〇ヘルツと八〇〇〇ヘルツを除く全周波数で損失の度合いが大きく、最大の四〇〇〇ヘルツの聴力損失値の差は6.7デシベル(右耳5.3デシベル、左耳8.0デシベル)であり、(2)中央値では全周波数で損失の度合いが大きく、最大の四〇〇〇ヘルツでの差は7.8デシベル(右耳7.0デシベル、左耳8.6デシベル)であった。また、いわゆるC5ディップを示す者が、拝島第二小学校児童では一五例中二分の一ないし三分の一の者にみられた。さらに、昭和四一年から昭和四四年までの拝島第二小学校児童に対する追跡調査によると、平均値で各学年を通じて四〇〇〇ヘルツの聴力損失が大きく、ディップ状をなしていたとしている。

(三) 財団法人航空公害防止協会が、財団法人大阪国際空港メディカルセンターらに調査を委託して、昭和四六年度から九年間にわたり行った調査の結果は次のとおりである。

大阪国際空港、東京国際空港、福岡空港周辺の航空機騒音の激しい地域にあるなど環境騒音が常識的に明白な兵庫県伊丹市外五地区(有騒音地区)と環境騒音というべきものがほとんど認められない岩手県宮古市郊外花輪地区外四地区(無騒音地区)について、七年以上居住し、昼間も同じ地域にいる一七歳から四〇歳までの者で、騒音職歴のある人や耳疾患のある人等感音性難聴や伝音性難聴のある人を除いた者を対象として、二五〇ないし八〇〇〇ヘルツの純音域値検査を行い、その成績を比較したところ、①年令分布、各周波数のきこえのレベルと年令との相関係数、回帰係数を求めたが、いずれも有騒音地区と無騒音地区との間に差が認められず、②騒音性難聴において障害が最もよく起こるとされている四〇〇〇ヘルツの聴力の低下度からみても、有騒音地区に低下例が多いとは認められず、③きこえの平均値の低下傾向も有騒音地区に認められやすいということはなかった。こうしたことから、報告者は、空港周辺、市街地などの騒音が純音聴力の年令変化に影響を及ぼしてその衰退を促進するとは考えられないとしている。

(四) 財団法人航空公害防止協会が、昭和五五年度ないし昭和五七年度に財団法人国際空港メディカルセンターに委託して行った調査結果は、次のとおりである。

大阪、東京国際空港及び福岡空港周辺地域に住む対象者に、各々三ないし七日間にわたって小型の携帯用等価騒音レベル計を常時携帯してもらい、各人が実際に暴露されている音のエネルギー量を測定した。対象者の大部分が職業を持たない主婦で、居住地のWECPNLによって、九〇以上の地域、八〇〜九〇の地域、七〇〜八〇の地域、七〇以下の地域の四グループに分けられた。そして、対象者が暴露されたすべての音のエネルギーを二四時間にわたって平均した値であるLeq24hを算出したところ、三空港間においても、また、各空港ごとのWECPNLの異なるグループ間においてもLeq24hに差はなく、大部分が六〇ないし六五デシベル(A)の範囲内にあった。この値は、従来のこの種の調査における職業に従事していない一般主婦のLeq24hの値とほぼ等しい値であった。この結果について、報告者は、対象者の大部分が一日の大半を家庭内ですごす専業主婦であったため、家庭内で受ける航空機騒音のエネルギー量が家屋によってかなり減衰されたこと、仮に屋外で九〇デシベル(A)の航空機騒音が家屋によって二〇デシベル(A)減衰されると、屋内では七〇デシベル(A)となって、屋内で頻繁に発生している音、たとえば人の話声や家庭電気機器の音なども七〇デシベル(A)に近いかそれ以上になることがあることから、航空機騒音の影響が小さいものとなったと理解できるとしている。ただし、屋外で測定されたLeq24hには航空機騒音の影響が明らかであり、WECPNL九〇以上の地域のLeq24hは六六ないし六七デシベル(A)で、そこからWECPNLが一〇低くなるごとにLeq24hは二ないし三デシベル(A)ずつ減少していた。

以上の結果から、報告者は、「耳に入る音のエネルギー量によってその影響の大きさがほぼ決定されるといわれている聴覚への影響は、今回の対象地域の住民には生じていないであろうことが確認された」としている。

4  考察

(一) 騒音と難聴との関係は、一般に強大な騒音が難聴の原因になりうることは承認されているものの、その定量的な関係については、必ずしも十分な研究成果が明らかにされているとはいい難い。この点、従来、職業性騒音暴露による難聴が問題とされ、これについての研究が積み重ねられてきたが、環境騒音暴露による聴力への影響の問題は比較的新しい分野であって、未だ解明されていない点が多々あるといえよう。しかも、職業性騒音の場合は、一定種類、一定強度の騒音による連続的常習的な暴露であって、集団において共通の暴露態様が考えられるのに対し、環境騒音の場合は多くの種類、様々な強度による主として間欠的な暴露であって、個人の生活様式によって暴露態様が異なるものであることなど、両者間には本質的相違点があり、前者の研究結果を単純に後者に応用することには問題がある。例えば、前記EPAが公開した資料では、職業性騒音暴露と聴力損失との関係を示す既存のデータから、等エネルギー仮説に基づいて環境騒音における聴力保護基準を導き出しているが、こうした推定が正当であることについては何ら実証されていない。また、TTS仮説についても、明確な関係があると認められているのは、定常騒音について一定の条件下でのTTS2とPTSとの関係にすぎず、間欠騒音については、そのような明確な関係があると実証されているものではない。

航空機騒音による聴力への影響についての研究に関しては、前記山本剛夫らによる実験室での研究結果を検討することが比較的重要であると解されるが、この研究に対しては、被告によって、暴露後一〇秒ないし四〇秒の測定値から二分後のTTS(S2)を求めることは一般に承認された方法といえないこと、被験者数が少ないことから一般に適用するには問題があることなどの批判がなされているところ、<証拠>に照らして、かかる批判もそれなりに根拠のあるものと解せられる。右研究は、間欠的な騒音も、定常的な騒音と同様にTTSの原因となりうることを指摘したという意味では、意義のあるものであるが、右研究における暴露条件は、二分間に一回、四分間に一回などというものであって、前記認定の小松飛行場における騒音暴露の実態に比して相当頻度の高いものであり、仮にTTSの発生の有無だけに限定しても、これをそのまま小松飛行場周辺住民の聴力損失の資料とすることはできない。ましてや、この資料を、小松飛行場周辺住民にPTSの発生を認める根拠とすることはできない。

(二) 次に、被害一般にも関わることであるが、人間は、通常その生活の大部分を家屋内で過ごしており、航空機騒音の聴力に対する影響を考える場合には、家屋による騒音の遮音効果を考慮に入れる必要がある。前記財団法人航空公害防止協会の委託によって昭和五五年度ないし昭和五七年度に行われた調査結果は、この意味で重要であり、小松飛行場と同等又はそれ以上に激しい騒音に暴露されていると思われる大空港周辺で、主婦らの暴露された一日の騒音レベルLeq24hを測定したところ、各空港ごとのWECPNLの異なるグループ間においてもLeq24hに差はなく、大部分が六〇ないし六五デシベル(A)の範囲内にあったとしている。このことは、小松飛行場でもほぼ同様であろうと推測され、この程度のLeq24hの値は、仮に前記EPAの基準であるLeq(24)七〇デシベルを妥当とした場合でも(同基準の問題点は先に指摘したところであるが、これに代わる権威ある等価騒音レベルの基準も見当たらない。)、聴力に対する影響においては問題にならないレベルでしかない。

(三) 環境騒音による聴力への影響についての研究には、右山本剛夫らのようなTTSを指標とする研究のほかに、当該環境騒音に暴露されている人々の聴力測定を中心とする疫学的アプローチも行われているが、その場合、個々のデータには、騒音の原因となる種々の要因、たとえば、個人の騒音暴露歴や遺伝的資質、加齢による聴力低下等の影響が大きく関わってくるので、これに関わらない当該騒音源による影響のみを抽出することは、かなりの困難があるというべきである。また、聴力測定自体の技術的困難性も指摘されているところである。小松飛行場におけるかかる疫学的アプローチとして重要であるのは、前記谷口尭男らの調査結果であるが、右聴覚検査においては、「検査場所、検査機器、検査員等を含め、必ずしも研究室内のような厳密な条件は満たされず、検査精度のうえで様々な問題点を持っていた」(<証拠>)ことは、同調査自体認めているところであり、この点は被告が批判するとおりである。したがって、もとになるデータの精度に疑問がある以上、右調査から導き出された結論自体もどれだけの客観的価値を含むか疑問である上、前記のとおり、大阪国際空港等の有騒音地域と無騒音地域の各居住者との間に、聴力低下についての傾向的差異は認められないとする調査結果にも照らすと、右谷口尭男らによる調査結果等をもって、直ちに小松飛行場周辺において航空機騒音による難聴の危険性があるとは認められない。

(四) 更に、原告らのうちに、難聴を訴える者が相当数存する点について検討するに、原告らは、右難聴の程度や態様を客観的に示す医師の診断書等を提出していないので、具体的にどの程度の聴力低下を来しているのか不明であり、また、仮にこの点を肯定するとしても、難聴の原因には多数のものが考えられるところ、前記のとおり、各種研究結果等によるも、小松飛行場周辺において、航空機騒音による難聴の危険性があることを認めるに足りないことに照らすと、右陳述書や本人尋問の結果による主観的な訴えのみでは、右原告らの難聴の訴えの原因が大部分航空機騒音によることを立証するものとしては不十分といわざるを得ない。

(五) 最後に、耳鳴りについて検討するに、<証拠>によれば、耳鳴りは、音調、持続、強さ、聴力、部位等の要素において種々の性質の相違を持っているが、耳鳴りの存在自体はあくまで患者自身の自覚的、主観的な訴えによって判断せざるを得ないこととも関連して、かかる耳鳴りの性質は疾患の部位や原因とほとんど対応しないこと、耳鳴りは正常人でもあり、いわゆる不定愁訴と把えられやすいこと、多くの耳鳴りには難聴又は測定できない程度の内耳の障害を伴うものと考えられているが、正常者にも耳鳴りがあり、正常と異常の区別が完全にはできないために、この考えは理論上のものにとどまっていることなどが認められる。

原告らのうちに耳鳴りを訴えるものがいる点についても、以上のような耳鳴りの性質の複雑さや未解明な点が多いことに照らすと、小松飛行場に離着陸する航空機騒音がその原因となってもたらされた疾患であることを認めるに足りないというほかない。

(六) 以上の検討結果によれば、小松飛行場に離着陸する航空機の発する騒音と、原告ら周辺住民が訴える難聴、耳鳴りとの間に相当因果関係を肯認するに足りる確たる証拠はないというべきである。

もっとも、騒音が難聴、耳鳴りの原因となりうることは広く知られたところであるところ、谷口尭男らの前記調査結果は、検査精度のうえで多少の問題点があったにしても、小松飛行場周辺における唯一の難聴等の身体被害の実態調査としてその結果は全く無視することはできないものである。こうした調査結果や航空機騒音が難聴の原因となりうることを指摘する研究結果が少なくないことにも照らすと、およそ本件航空機騒音自体が特に騒音の激甚な地区において難聴、耳鳴りの原因となっていることを全く否定することもできないものである。かかる難聴、耳鳴りを生じさせる可能性それ自体は、本件にあっては特にその蓋然性の程度が明確でないから、これを独立した被害として構成することはできないものの、こうした事情は、本件被害を総体として把握するにあたり、前記生活妨害の被害の内容・程度を理解する上でのひとつの要素として斟酌される。

六その他の健康被害

1  <証拠>によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 原告らのうち、かなりの者が、本人尋問及び陳述書において、航空機騒音の影響により、胸部圧迫感、心悸亢進、頭痛、肩こり、めまい、胃腸の不調、高血圧等の健康障害を訴えている。

(二) 一方、前記小松市の騒音影響調査の結果によれば、航空機騒音による影響のうち、身体的影響に関しては、浮柳町(九〇ないし九四WECPNL)で、「胸がどきどきする」、「頭がいたい。頭が重い」と訴える者が、それぞれ一四パーセント、一二パーセントと存し、泉町(八五ないし八九WECPNL)でも、これらを訴える者がいずれも一二パーセント存した。もっとも、その他の地域では、これらを訴える者は、〇ないし六パーセントと相当低率であった。その他の身体的影響に関しては、「つかれやすい」、「胃腸の具合が悪い」と訴える者が、浮柳町、泉町、大島町(農村地区。八〇ないし八四WECPNL)で、二ないし八パーセントの割合であったものの、全体的に他の訴えに比して低率であった。

2  <証拠>によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 呼吸器、循環器系機能に及ぼす影響

(1) 国立公衆衛生院生理衛生学部の田多井吉之介が、健康な青年男子五名を被験者として、クレペリン加算を行わせながら、五五、七〇、八五ホンの航空機騒音、工業騒音及び交通騒音と対照としての三〇ないし四〇ホンの市街地騒音とを、一日二時間、一〇日間暴露した第一回目の実験では、血圧、脈拍数には著明な差異を見出せなかったが前同様の三段階のレベルの騒音を三〇分の休止をはさんで前後三〇分ずつ暴露した第二回目の実験では、騒音によって呼吸数の増加、脈拍数の減少がみられ、騒音レベルの上昇とともに、この反応が強まる傾向を示した。

(2) そのほか、人間又は動物(ラット)に騒音を暴露する実験において、末梢血管を収縮させ、血圧を上昇させる等の急性反応が現れることが報告されている。もっとも、こうした急性反応を繰り返すこと等によって慢性的な高血圧や心疾患が起こりうるかについての確実な研究結果は見当たらない。騒音の激しい職場で長年働いた人に高血圧が多いかどうかについては、相反する報告がなされている。

(二) 血液に及ぼす影響

(1) 田多井吉之介らによる前記実験では、対照実験に比較して総白血球数の増加の抑制、好酸球数の減少と増加の抑制、好塩基球数の増加の促進がみられ、その影響は右三段階の騒音中で八五ホンのときが最も強く、また個人差が大きかった。

(2) 長田泰公らが、男子学生に騒音を暴露した実験の結果は、次のとおりである。

(ア) ピークレベル七〇、八〇、九〇デシベル(A)のジェット機騒音を二分間又は四分間に一回の割合で九〇分間暴露した第一回目の実験において、騒音レベルの上昇とともに、副腎皮質ホルモンの分泌により減少すると言われる好酸球数と好塩基球数の減少率が大きくなったが、頻度による差は有意ではなかった。一方、ストレスにより増加すると言われている白血球数と赤血球数については、白血球数について一定の傾向はみられず、赤血球数もこれと似た傾向を示したが、レベルが低くなると有意に減少し、逆に頻度が多いほど有意に減少した。

(イ) 次いで、中央値四〇、五〇、六〇デシベル(A)の交通騒音を二時間又は六時間連続して暴露した第二回目の実験において、白血球数は、六〇デシベル(A)で有意に増加し、好酸球数は、六〇デシベル(A)六時間暴露で減少後の回復が有意に遅れたが、好塩基球数では有意な変化がみられなかった。

(三) 内分泌系機能に及ぼす影響

(1) 田多井吉之介らによる前記実験の第一回目では、尿中一七―OHCSの量(この増加により、副腎皮質機能の高進(<証拠>原文のまま)が推定できるとされている。)は、右三段階の騒音中で七〇ホンのときの増加が最も大となり、八五ホンのときはかえって減少した。一方、第二回目の実験では、尿中一七―OHCSの量に、騒音による有意な変化は見出せなかった。

(2) 長田泰公らによる前記実験の第一回目では、尿中一七―OHCSに、騒音レベルや頻度による有意差は見出し得なかったが、第二回目の実験では、四〇デシベル(A)六時間暴露において増加がピークに達し、逆に六〇デシベル(A)六時間暴露においては有意に抑制された。

(3) その他、三重県立大学医学部坂本弘らによる騒音職場で働く女子作業員の調査や、同大学同学部若原正男らによる男子に対する騒音の長時間暴露による実験等によって、騒音の暴露による尿中一七KSの減少が認められた等の報告がなされている。

(4) また、ラット等を用いた動物実験では、騒音の暴露による甲状腺機能の抑制、副腎機能の亢進が認められたことが報告されているが、人間に対する実験では、必ずしも明瞭な結果が得られていないものが多い。

(四) その他の身体的影響

(1) 消化器系機能に及ぼす影響として、人又は犬に航空機騒音を暴露させる実験により、騒音暴露による胃液分泌の変化、胃運動の抑制等の影響が現れたことが内外の文献に報告されている。

(2) 妊娠出産への影響として、動物実験によって、騒音の暴露により、妊娠率、胎児体重、胎児生存率の各低下が見られる等の報告がなされているが、そのメカニズムは明らかにはなっていない。空港周辺での出生時体重の調査では、影響については、積極消極両方の報告がなされている。

(3) そのほか、精神病院入院率、各種身体症状の訴え率、薬の服用率、病院利用率などについて、地域の騒音レベルとの関係で多くの調査がなされているが、結果はまちまちである。

(五) 小松飛行場周辺及び国内主要飛行場周辺での疫学的調査

(1) 原告谷口尭男らによる前記調査結果のうち、航空機騒音の身体的影響に関する調査結果は、次のとおりである。

(ア) 昭和五九年九、一〇月及び昭和六〇年二月に騒音地域(WECPNL八〇以上の地域)及び非騒音地域の住民に対するアンケート調査によれば、騒音地域の住民に、「頭が痛い」、「胸がどきどきする」、「胃腸の具合が悪い」などの身体的影響を訴える者の割合が高率であった。

(イ) 次いで、昭和六一年一一月ないし昭和六二年五月に、原告及びその家族一二五名を対象にした健康診断によると、頭痛等騒音との関連を考えさせる訴えが多く、検査所見をみると、高血圧一二名(9.6パーセント)、境界域高血圧二三名(18.4パーセント)とやや多く、以上を合計した高血圧罹患率は、後記(ウ)で得られた非騒音地域のそれと比較して有意に高く、また、血圧平均値について同様に非騒音地域のそれと比較したところ、原告家族集団は、全年齢及び六〇歳以下の双方において、最高血圧、最低血圧ともに、非騒音地域に比して有意に高かった。これら原告家族集団に対するTHI法による健康度調査の結果では、男女とも「口腔と肛門」の項目の尺度得点が高く、男子では「消化器」、女子では「呼吸器」の各項目の尺度得点も高かった。

(ウ) 更に、昭和六二年三月ないし一〇月に騒音地域(WECPNL八五以上の地域)及び非騒音地域の住民を対象にした健康診断の結果によると、高血圧及び境界域高血圧を合計した高血圧罹患率において、非騒音地域のそれと比較して有意に高く、また、血圧平均値についても、全年齢及び六〇歳以下の双方において、最高血圧、最低血圧ともに、非騒音地域に比して有意に高く、原告家族集団と同様の傾向を示した。

(2) 財団法人航空公害防止協会の前記調査結果によると、大阪、東京両国際空港及び福岡空港周辺において、成人女性を対象にして行った各種調査の結果は、次のとおりである。

(ア) まず、THI法による健康調査の結果は、前記「心理的、情緒的被害」で述べたとおりであるが、身体的影響に関しては、大阪空港周辺においては、「消化器」尺度の尺度得点がWECPNL値の高い地域ほど高くなっていた。更に、同空港周辺において、どのような質問に対する自覚症状の訴えがWECPNL値の上昇に対応して増加したかを調べたところ、二〇歳から六〇歳未満の年齢層においては、「生つばが出ることがある」、「下痢をすることがある」、「胃腸の具合が悪いことがある」などの消化器系に関する自覚症状の訴えが多く、特に二〇歳代と三〇歳代の若い年齢層に顕著であった。もっとも、このようなWECPNLの上昇に対応した自覚症状の増加現象は、東京及び福岡の両空港周辺では認められなかった。

一方、巡回健康診断(X線、血圧、心電図、血球、血液化学、尿)の結果では、三空港ともWECPNL値の高低に伴う有意差は認められなかった。もっとも、右検査項目は、循環器系と肝機能に関するものが主であり、大阪空港でTHI法による健康調査によって騒音との関連がみられた消化器系に関するものとは性質が異なっていた。

(イ) 右の巡回健康診断において高血圧と診断された女性三九九名(三空港周辺の騒音地域に居住)と一般女性二四名(非騒音地域に居住)とを対象として、三年間にわたり、月経不順等についてのアンケート調査、寒冷昇圧試験、血中ホルモン、尿中ホルモンの測定、眼底検査等を行った結果は、次のとおりであった。

空港周辺住民における月経不順、妊娠、出産の異常が多いとは認められなかった。寒冷昇圧試験を指標とした検査では、自律神経系の異常も認められなかった。右寒冷昇圧試験の結果と、高血圧、眼底、尿中カテコールアミン値との間に、何ら有機的な関係を見出すことはできず、交感神経系の興奮と高血圧症との関係も見出すことはできなかった。航空機騒音地域の住民と対照地域住民との間に、血中コルチゾール値や尿中一七―OHCSに差がないことから、騒音暴露による下垂体―副腎皮質系の機能亢進状態があるとは考えられなかった。

3  考察

(一) 財団法人航空公害防止協会の騒音の影響文献集Ⅰ〔総説〕(<証拠>)は、騒音の身体的影響の研究に関する最近一〇年間の文献を通覧した後、その総括として、「騒音の身体的影響は動物実験では、証明されているが、ヒトを用いた実験では動物に対するほど高レベルの暴露が難しいうえ、暴露時間、作業負荷などの条件にも左右されてデータがまちまちである。疫学調査でも循環器その他の影響が報告されているが、地域、集団の特性が結果に影響を与えるようである。このように必ずしも単純にいかないのは、聴器以外の影響が騒音の非特異的、間接的なものであるからである。」としている。右2で検討した騒音の身体的影響に関する各種研究調査結果を総合してみても、ほぼ右文献集の指摘のとおりに総括するのが相当である。すなわち、右各種研究調査結果では、人又は動物実験の結果、騒音の生理的機能に及ぼす影響として、末梢血管の収縮、血圧の上昇、血球数の変化、副腎皮質ホルモンの変化、胃液分泌の変化、胃運動の抑制等の反応があったこと等が報告されているが、いずれも一時的、短期的な結果であって、長期的、継続的なデータは少なく、必ずしも騒音暴露による反応として当初予測したような結果が明確に得られているものばかりでなく、特に騒音のレベル、頻度の騒音暴露量と身体反応の量とのいわゆる量―反応関係については、ほとんど明確な結果が得られていないものである。しかも、騒音を連続的に暴露した実験がほとんどであって、航空機騒音のような間欠的騒音の暴露による研究結果は少ない。

この点、前記原告谷口尭男らによる調査結果は、小松飛行場における身体的影響に関する医学的調査としてはほとんど唯一のものであって、これによれば、ことに高血圧罹患率、血圧平均値について、騒音地域が非騒音地域に比して「有意に高い」という結果が得られたということは、注目すべきものといえよう。しかしながら、高血圧の原因には疾患、遺伝等様々な要因が考えられ、航空機騒音のみがその原因とは考えられないこと、小松飛行場と同程度又はそれ以上の騒音に暴露されていると思われる大阪国際空港等における前示調査では、右谷口らの血圧に関する調査と同様の結果は得られていないことなどに照らして、右谷口らによる調査結果をもって、小松飛行場における航空機騒音によって原告らに対し高血圧等の危険性を発生させていると直ちに認めることは困難である。

(二) 前記難聴の場合と異なり、騒音と高血圧等の身体的影響との関係は直接的でなく、例えば、騒音がストレス作因として働き、他の要因と相乗して何らかの身体的症状として発現することが容易に考えられ、元々人の生理的機能が複雑であり、個々人の生活環境や素因によってもその発現過程は様々であって、発症機序等医学的に未解明の点が多い。右各種研究調査結果において、騒音の身体的作用に関して必ずしも一義的な結論が得られていない状況にあるのも、そうした騒音の身体的影響における間接性、複雑性が関係していると考えられる。このように、騒音一般についても、どのような場合にどのような内容・程度の身体的悪影響を及ぼすのか、ほとんど明らかでないところ、小松飛行場における航空機騒音は、前認定のとおり、騒音のピークレベルは相当高いとしても、その発生は間欠的であって、一日当たりの暴露時間も比較的短時間であり、しかも、夜間は比較的静粛さが保たれた状況にあるから、なお一層これに身体的悪影響を認め難いというほかない。すなわち、騒音がストレス作因となりうるものであり、かつ、ストレスが高血圧、胃腸障害等を引き起こし又はそれを悪化させる原因となりうることは広く知られており、証拠上も明らかであるが、そうした一般的知見を考慮した上で、前記検討結果、前掲各証拠を再吟味して見ても、本件航空機騒音が原告ら周辺住民に身体症状を発生させているとは到底認められない。なお、身体的症状ということであれば、個別の原告毎に医師の診断書等を提出して個別にその内容程度を証明すべきであることは、論ずるまでもない。

したがって、前記のとおり、原告らのうちには、胃腸の不調、高血圧等の健康障害を訴えるものが相当数いるが、小松飛行場における航空機騒音がそうした症状を惹起し、又はこれに寄与しているとは認められないものである。もっとも、前示のとおり、騒音がストレス作因となり得、かつ、ストレスが高血圧、胃腸障害等を引き起こし又はそれを悪化させる原因となりうることや、谷口尭男らの前記調査結果において、騒音地域の高血圧罹患率、血圧平均値が非騒音地域に比して高いとされていることや、その他の前記各研究結果に照らして、本件航空機騒音が特に激甚な地区において、この騒音が胃腸の不調、高血圧等の健康障害の一因となっている可能性まで否定することは、もとより相当でない。かかる健康障害を生じさせる可能性それ自体は、その蓋然性の程度と、個別の原告の症状との具体的関連性が何ら明確でないから、これを独立した被害として構成することは到底不可能であるが、こうした事情にあることは、本件における被害の内容・程度を総体として把握するに当たり、ひとつの要素として斟酌しうる。

七その他の被害

原告らは、その余の被害として、①振動による家屋の損傷、②地価の低下、③戦争の恐怖、④養育、教育環境の破壊、⑤都市環境の破壊等を主張する。

しかし、①振動による家屋の損傷及び②地価の低下については、一般論として考えられないわけではないものの、個々の原告についてこれに該当する具体的な事実の主張及び証明がない。また、③戦争の恐怖については、前記のとおり原告らがかかる被害の根拠としていると思われる平和的生存権は、前示のとおり個々人の損害賠償請求の根拠となりうる法的権利として認められず、かつ、個々の人格権に対する侵害としても余りにも抽象的にすぎ、認めることができない。④養育、教育環境の破壊については、どの原告についてのどのような態様の被害であるのか明確に主張されているといい難く(原告らがこれらの具体的主張を不要と考えているのであれば、環境権について述べたのと同様の批判を免れない。)、仮に原告らの一部が航空機騒音により子供の養育に不都合な環境下に置かれたとしても、前示のとおり総体として把握する生活妨害の中で評価すれば足りる。更に、原告らは、⑤都市環境の破壊として、固定資産税収入等の減少、防衛関係事業費、基地対策関係費等の支出による地方公共団体の財政負担の増加、都市開発の阻害、居住環境の荒廃等を主張するが、これらの総括的な主張のみでは、個々の原告らの人格権に対する侵害として極めて抽象的であり、これらの事由をもって個々の原告の被害と見ることは到底困難である。

以上、原告らのその余の被害の主張は、いずれも主張自体失当であるか、およそこれを認めるに足る証拠がないに帰する。

八総括

以上の次第であって、前記第三「侵害行為」において認定した本件航空機騒音(及び振動)によって、原告らは、会話、電話、音楽・テレビ等の聴取、学習、読書、睡眠等々の日常生活を相当程度妨げられており、これに伴う苛立ちや不快感等の精神的情緒的被害を被っていることが認められる。一方、聴覚被害等の身体的被害や前示七のその他の被害については、これらが個々の原告に具体的に生じていることが認められず、また、個々の原告にそうした被害が生ずる現実的危険性のあることも、証拠上認めるに足りない。

第五騒音対策

一はじめに

被告は、本件航空機騒音による障害を防止、軽減するために種々の対策を講じてきた旨主張するところ、右騒音対策としては、移転措置、防音工事等のように騒音の障害を受ける側に施すいわゆる周辺対策と、騒音を発生源で抑制する方法やこれに準ずる方法として運航方式に改変を加えるなどのいわゆる音源対策とに大別される。そこで、以下において、被告が実施した諸対策のうち、前記認定の航空機騒音による原告らの個々の被害の防止、軽減に直接関係があると思われるものを中心として検討する。なお、被告は、振動による被害の防止、軽減をこれら諸対策の中心的な目的として主張しているわけではないが、その諸対策は同時に振動の被害防止にも関係するものと考えられるので、この点も含めた対策として検討することとする。

二周辺対策

1  <証拠>を総合すれば、次のことを認定判断することができる。

(一) 昭和四一年七月二六日の周辺整備法施行以前の周辺対策は、直接法令に根拠をおかない行政措置として行われ、具体的には防災工事及び道路の整備等の助成、学校等の防音工事の助成並びに住宅等の移転の補償等が実施されてきた。同法は、これらの措置について法制化するとともに、民生安定施設に対する助成等についても規定を置いた。しかし、昭和四〇年代における高度成長に伴い、防衛施設周辺の都市化の進展等の事情の変化により、周辺整備法に基づく措置のみでは、防衛施設の設置、運用とその周辺地域社会との調和を保つことが難しくなってきたため、住宅防音や緑地帯の整備等の諸施策を抜本的に強化拡充することを目的とする生活環境整備法が制定され、昭和四九年六月二七日から施行され、以後、主として同法に基づく諸施策が実施されている。

(二) 生活環境整備法は、その四条ないし六条において、住宅防音(四条)、移転措置(五条)及び移転跡地の緑地帯整備(六条)といった重要な対策を定めているが、それぞれの対策を実施するための指針となる区域として、第一種区域(住宅防音)、第二種区域(移転措置)及び第三種区域(緑地帯整備)を、防衛施設庁長官が指定するものとしている。

右区域指定は、同法施行令八条、昭和四九年六月二七日総理府令一条所定の方法で算出されるWECPNL値により騒音コンター(等音線というべきもの。)を作成した上で、道路、河川等現地の状況を勘案して、住民に有利になるように概ねその外側に相当な凹凸をもって指定されている。右WECPNL値の算出方法は、「航空機騒音に係る環境基準について」(昭和四八年環境庁告示第一五四号。以下「昭和四八年環境基準」という。)に指示されているものと基本的に同じであり、その算出は、

の計算式による(右は、一日のすべての航空機騒音のピークレベルをエネルギー合成してパワー平均したものをいい、一方、Nは一日の時間帯により補正された飛行回数をいい、午前七時から午後七時までの飛行回数をN1、午後七時から午後一〇時までの飛行回数N2、午後一〇時から翌午前七時までの飛行回数をN3としたときNは、

N=N1+3N2+10N3

の計算式によって算出される。)。

しかしながら、小松飛行場が主として自衛隊機が利用する飛行場であるとの特殊性を考慮して、次のような修正をしている。すなわち、自衛隊機の運航は不定期であって日によって飛行回数が大きく変化し、平均的な一日の飛行回数を把握することが困難なため、一日の飛行回数については、航空自衛隊の資料に基づいて、累積度数九〇パーセント方式による飛行回数を平均的な飛行回数とすることとし、他方で、自衛隊機には民航機のような騒音証明制度がないことから、騒音のデータを得るため飛行場周辺で実際の騒音レベル等を測定し、それらの資料を総合して、N及び各測定点でのを算出し、更に着陸音補正(人に聞きづらい純音成分が含まれるため、着陸時のジェット機騒音について二デシベル(A)を加える。)及び継続時間補正を行うなどして、コンター図作成の基礎となるWECPNL値を求めるのである。

(三) 小松飛行場周辺地域での右区域指定等周辺対策の経緯は、概略次のとおりである。

防衛施設庁は、昭和五〇年六月、昭和四九年の社団法人日本音響材料協会に委託した騒音調査の結果に基づき生活環境整備法による第一種ないし第三種区域指定案を示したが、石川県と小松市等関係市町村がこれに答える形で、環境基準の達成d、民家防音工事の促進などを求め、当時F四EJの配備をめぐる問題とともに折衝が繰り返され、同年一〇月四日に防衛施設庁長官、石川県知事、小松市等関係八市町村長との間に「小松基地周辺の騒音対策に関する基本協定書」と題する協定が結ばれた。右基本協定においては、昭和四八年環境基準に従い、公共用飛行場の区分第二種Bについて定められている期間内に速やかに環境基準の達成を期すること(この趣旨については後述。)、生活環境整備法に定める住宅防音工事及び移転補償については昭和五三年度を完了予定とすることなどが定められた。また、同時に安全対策、音源対策、周辺対策に関し、名古屋防衛施設局長と小松市長との間に「協定書」と題する協定が締結されたが、その中での周辺対策に関する条項として、住宅防音工事については、対象住宅等について小松市の協力を得て実施計画をまとめ、まとまったものについては要望の時期に実施すること、小松市の協力を得て申請のあった第二種区域内の移転希望者については、翌年度内に移転補償を実施することなどが定められた(右「小松基地周辺の騒音対策に関する基本協定書」及び「協定書」による協定を一括して又は特に区別しないで「一〇・四協定」ということがある。)。そして、以後は、右協定に基づいて周辺対策等が行われることとなった。

その後、被告は、配備機種の変更や運用方式の変更等の情況の変化に対応して、昭和五二年六月の予備調査を経た後、同年八月ないし九月に騒音調査(本調査)を実施し、その結果(ただし、それ自体は未公表であり、本件訴訟においても証拠として提出されていない。)に基づき、右(二)の方式によって騒音コンターを作成し、これに基づいて第一種区域(WECPNL八五以上)、第二種区域(WECPNL九〇以上)及び第三種区域(WECPNL九五以上)を指定し、昭和五三年一二月二八日に告示した。そのほか、従前の周辺整備法五条一項に基づき移転補償の対象として指定された区域も、生活環境法附則四項によって、同法上の第二種区域とみなされることとされた。その後第一種区域については、昭和五五年九月一〇日の告示でWECPNL八〇以上の区域に、昭和五七年六月二八日の告示でWECPNL七五以上の区域に、それぞれ拡大された。右各告示は、昭和五二年の騒音調査以降の配備機種の変更等にも配慮して算出されたもののようであるが、その基礎となる資料はいずれも右昭和五二年の騒音調査の結果である。また、前記基本協定書で少なくとも年一回騒音コンターの見直しを行うことなどが定められていたことから、更に昭和五七年に本格的な騒音調査を行い、その結果に基づき、昭和五九年一二月二〇日になされた追加告示によって、従前の各区域はいずれも更に拡大されることとなった。以上の区域指定の状況は、被告最終準備書面引用図表第4図のとおりである。

(四) 住宅防音工事は、生活環境整備法で新たに採用された周辺対策であって、周辺住民の生活の本拠における航空機騒音の防止、軽減を図ろうとするものである。同法四条によると、その助成対象となるのは、第一種区域指定の際、右区域内に現に所在する住宅であるが、小松飛行場周辺においては、昭和五〇年度以降、前示の区域指定前にあっては、前記昭和四九年の騒音調査によってWECPNL八五以上と見込まれた区域に所在する住宅を対象として実施され、前示区域指定後にあっては、前記のとおり順次告示により第一種区域の範囲が拡大するのに応じて、対象となる住宅の範囲を広げている。

補助金交付の対象となる住宅防音工事の規模は、現在、家族数が四人以下の場合一室、五人以上の場合二室(当初は一世帯一室を原則とし、五人以上の家族構成で六五歳以上の者、三歳未満の者、心身障害者又は長期療養者が同居する世帯については二室とされていた。)の範囲で行うことを当面の目標としている。しかし、最終的には全室防音化工事(家族数に一を加えた室数、ただし、五室を限度とする。)を目標としており、これは、新規工事として、まず右一室又は二室の防音工事を実施した後に、追加工事として実施するものであり、既に一部では実施されている。

住宅防音工事の内容は、外部及び内部開口部、外壁又は内壁及び室内天井面の遮音及び吸音工事並びに冷暖房機及び換気扇を取り付ける空調工事であって、防衛施設周辺住宅防音事業工事標準仕方書に従って行うものである。その標準的な工法は、木造系と鉄筋系に大別し、それぞれを第一工法と第二工法に区分している。右第一工法とは、WECPNL八〇以上の区域に所在する住宅について施す工法で、二五デシベル以上の計画防音量(当該工事によって達成しようとする防音効果の程度)を目標とするものであり、右第二工法とは、WECPNL七五以上八〇未満の区域に所在する住宅について施す工法で、二〇デシベル以上の計画防音量を目標とするものである。また、第二種区域においては、第一工法を施した上に更に必要な工事を付加して防音効果の強化を図っている。

かかる住宅防音工事の助成措置は、被告が各対象住宅所有者らに対して改造工事施行費用相当額を補助金として交付するものであるが、補助率は一〇分の一〇とされており、一定の最高限度は設けられているものの、開口部が通常の面積規模に比較して特に大きいものとか、建物の構造が通常のものと特に異なっているというような特殊な場合を除いて、個人負担は生じないとされている。もっとも、その通常の維持管理費については、個人負担となる。

被告は、右補助金交付の実施にあたって、小松飛行場周辺住民等に対し、説明会を重ね、関係市町の広報誌等に掲載してもらう等して、その手続、内容等の周知徹底を図っている。そして、その実績をみると、昭和六三年度までに、一万七六七一世帯(うち追加工事二五七六世帯)の住宅について被告の助成による防音工事が完成し、それらに対する補助金総額は約三二四億二二七〇万円に達している。その内訳をみると、昭和六三年度末までに、新規工事として、WECPNL八〇以上の区域で約七四〇〇世帯(進捗率一〇〇パーセント)の住宅について防音工事が完成しており、新規工事に関しては、WECPNL八〇以上の区域では、既に完了し、今後、WECPNL七五以上八〇未満の区域での完了を目標とすることとなる。一方、追加工事としての全室防音化工事については、WECPNL八〇以上の区域で右のとおり二五七六世帯が完了しているが、対象区域の拡大と予算上の制約等もあり、一挙に助成を進められず、順次工事を進めていかざるを得ない状況にある。

原告らのうち、昭和六三年度までに被告の助成を受けて防音工事を完了したものは、二六七世帯(うち、追加防音工事九九世帯)であり、その内訳は、被告最終準備書面引用図表第1表のとおりである。

(五) 移転措置は、当初、前記の行政措置として実施されたが、その後、周辺整備法五条に明文化され、更に生活環境整備法五条にも引き継がれている。同法における移転補償は、第二種区域の区域指定告示時に現在する建物等の所有者が、その建物等を区域外に移転し、又は除却する場合、その申出に基づき、建物等の移転補償、宅地等の買取りを内容とするものである。建物等の移転補償は、建物移転費又は除却費、動産の移転費、仮住居費、立木竹の補償、商店等の営業者に対する営業補償等であり、宅地等の買取りは、建物等の移転除却に係る宅地及びその他の関連土地が対象となっている。

小松飛行場周辺における移転補償の対象家屋数七七〇戸のうち昭和六三年度までの移転済み戸数は三六四戸であり、買収済みの土地は約五九万三七〇〇平方メートルである。これによって、被告は合計約八二億四一六五万円を支出している。

原告らのうち、昭和六三年度までに被告の移転補償を受けて移転した者及びその内訳は、被告最終準備書面引用図表第1表のとおりである。

(六) 被告は、昭和四六年度から、移転措置実施後の跡地について、行政措置、生活環境整備法六条及び同条の趣旨に基づき、直轄事業として緑化対策を行っており、その結果、昭和六三年度末までに約三六万三七二七平方メートルの土地にクロマツ、マテバシイ等約一二万六〇〇〇本の樹木を植栽し、そのために約一億二二四九万円を支出した。

なお、被告は、この緑化整備が航空機騒音及び地上音の防止、軽減に役立っていると主張するが、その具体的な効果を認めるに足りる証拠はない。

(七) 被告は、小松飛行場周辺地域において、昭和四六年度から騒音用電話機の設置に対する補助を実施し、また、昭和四五年度からテレビ受信料の助成措置(昭和五六年度までは、日本放送協会が免除基準に従い受信者に受信料の半額を免除している場合、被告が免除相当額について同協会に補助金を交付する方法によっていたが、昭和五七年度からは、財団法人防衛施設周辺整備協会が一定地域の受信者に対し半額を交付し、右交付相当額を被告が同協会に補助する方法によるようになった。)を、それぞれ行政措置として実施している。騒音用電話機については、昭和五二年度までに四二二一台、約二〇九四万円を補助しており(その後は申請が皆無であるが、申請があれば補助することになっている。)、一方、テレビ受信料については、昭和六三年度までに一七万四七六四件、総額約七億六二六七万円を補填している。原告らのうち、これらの措置を受けた者及びその内訳は、被告最終準備書面引用図表第1表のとおりである。

騒音用電話機は、通常の電話機が周囲の音が八〇デシベル(A)を超えると通話が困難になるのに対して、九〇デシベル(A)の中でも通話が良好であり、一〇〇デシベル(A)では多少の影響はあるが、通話は十分可能であるとされるものである。しかし、その使用については、送話器にまっすぐ向いて話すことが要求されるなどの煩わしさがある。また、これを設置した原告らの中にはほとんど効果がないという者もおり、昭和五三年度以降は住民からの設置申請が皆無であることにも照らし、実際の使用上の効果はそれほどでもないものと考えられ、電話聴取困難の被害が右の設置により十分に解消するものとは認め難い。

(八) 右に述べたほか、被告は、学校、病院、民生安定施設等の防音工事、河川、排水路等の工事の助成、民生安定施設の一般助成、特定防衛施設周辺整備調整交付金の交付、農耕阻害補償、国有提供施設等所在市町村交付金の助成等様々な周辺対策等を実施しており、その内容・実施等は概ね被告主張のとおり(別冊「被告国最終準備書面」一二七七頁から一四二五頁まで)である。しかし、その内容・性質上、これらの措置による効果は、前記認定の本件航空機騒音(及び振動)による個々の原告らの被害の防止又は軽減に関しては、極めて間接的なものというほかない。

2  ところで、前記住宅防音工事の効果についてみるに、前記のとおり、第一工法では二五デシベル以上の計画防音量を、第二工法では二〇デシベル以上の計画防音量を目標とするものであるところ、証人石井道夫は、工事完了後、全戸ではないが、適宜抽出した家につき雑音発生機を使って検査をしており、この検査結果に照らして、前記標準仕方書どおりに工事されていれば計画防音量は達成できているはずである旨供述している。これに対し、原告ら陳述書及び原告ら各本人尋問の結果において、多数の原告らが、右住宅防音工事には思ったほどの防音効果がなかった旨供述している。そこで、この点について検討する。

検証の結果(騒音測定)によると、原告ら居宅等において防音工事(いずれも第一工法)を施した部屋に騒音測定器を置き、概ね開口部を遮蔽した状態で室内外の騒音レベル差を測定したところ、それぞれF四EJ又はF一五J離陸時において、原告竹田勝克宅で三四ないし三六デシベル、原告近藤伶子宅で一九ないし三六デシベル、原告荒井富美子宅で三一ないし三四デシベル(以上、いずれも平成元年五月二六日検証期日)、中村久市宅で三一ないし四〇デシベル(平成元年七月六日検証期日)であったことが認められ、これをみる限り、防音効果は概ね計画防音量に達しているものと言える。

しかし、同じ検証の結果のうちの別のデータを見ると、原告ら居宅のうち、防音工事を施していない室内で同様に室内外の騒音レベル差を測定したところ、それぞれF四EJ又はF一〇四J離着陸時において、原告澤田榮太郎宅で(木建具開放時)三〇ないし三三デシベル、原告福田俊保宅で概ね一八ないし三〇デシベル(いずれも昭和五四年一一月九日検証期日)であったことが認められ、元来、通常の家屋の遮音効果が一〇ないし二〇デシベル程度あること(<証拠>によって認められる。)などに照らし、前記防音工事自体によって生じた防音効果については、前記測定に係る室内外の騒音レベル差よりも相当低いものと考えるのが相当である。

前記のとおり未だ全室防音化が達成されていないこと、遮音工事の基本は部屋の密閉化を前提としているところ、通常の人間の生活において一日中密閉状態で暮らすことは困難であること、防音室以外での生活も必要であること等々諸般の事情を考慮すると、右の防音工事は、この助成を受けた原告らについても、騒音被害の一部分を軽減したにとどまるものであって、大部分の騒音被害はなお解消されていないものと認められる。

三音源対策等

趣旨<証拠>を総合すると、以下のことを認定判断することができる。

1  音源対策

音源対策は、騒音をその発生源で抑制する方法であり、具体的には騒音の小さい機種に切り換える方法や航空機のエンジンを改良して騒音を小さくする方法などがある。民間航空機にあっては騒音証明制度が適用され、この制度の導入後に製造されたB七四七、DC一〇等は、それ以前の機種に比べて格段に騒音が小さくなっており、また、新型低騒音機の開発技術によって、一部の現用機については低騒音化のための改修が可能となっており、音源対策はここ数年の間に相当な成果を得ている。しかしながら、自衛隊機については、騒音証明制度の適用がなく、特にジェット戦闘機にあっては、推進力を強化するためにアフターバーナー(ジェットエンジンの最終段階にあって、更に燃料を噴射して推力を飛躍的に増大させる装置)を使用するエンジン形態となっており、低騒音化のためのエンジン改修が戦闘機にとって致命的な性能低下をもたらすため、そのための技術革新は進んでおらず、そうした低騒音化対策は期待し難いものとなっている。

次に、地上における航空機エンジンの整備や調整に伴う騒音を軽減低下する方法としては、サイレンサーが使用されており、前記第三「侵害行為」の二「地上音」の項で検討したとおり、ある程度騒音低減の効果が上がっている。

なお、被告は、昭和五〇、五一年度においてF四EJの導入に際して、地上音の低減を目的として、高さ約五メートルの植樹した台形の防音堤を総延長二二〇〇メートルにわたり、また、高さ三ないし五メートルの防音壁を総延長約五五五メートルにわたり、主として周辺住民の集落に近い基地外周に沿って建設している。しかし、これが地上音の低減化の面で実際上どの程度に寄与しているのかについては、確たる証拠がない。

2  運航対策

右1で述べた音源対策に準ずる方策として、航空機の運航方式を規制することによって、騒音を低減する方法が考えられるが、これは、運航時間帯及び運航日等の制限と飛行方式による騒音軽減とに大別される。

(一) 運航時間帯及び運航日等の制限

(1) 運航時間帯の制限

前記一〇・四協定(協定書)において、「早朝、夜間及び昼休み時間には、緊急発進その他、特にやむを得ない場合を除き、離着陸及び試運転を中止する」と定められている。前記第三「侵害行為」において述べたとおり、同協定締結以前(遅くとも昭和四九年ころ)においても、通達によって、早朝、夜間及び昼間の一定時間帯における運航規制が行われていたものであるところ、昭和五九年度以降の常時測定点における騒音測定結果に照らして、右協定に係る規制時間帯については概ね守られているといえる。

(2) 運航日等の制限

(ア) 小松市の行事に関連して、前記運航時間帯の制限と同様に、通達によって、①小松市議会本会議(昭和六三年三月の防音新庁舎完成により解除)、②高校入試、③お旅まつり(小松市の伝統行事)その他小松市の主要行事等で小松市が要請するもの等の行われる期間、当該時間帯において、飛行訓練中止を中心とした運航規制を行っている。

(イ) 前記第三「侵害行為」において述べたとおり、小松飛行場においては、土曜、日曜、休日には原則として通常訓練は実施されていない。この措置が騒音軽減を主目的とした運航規制として実施されているのかどうかは定かでない(前記運航規制に係る通達では、かかる休日等の規制は定められておらず、他に運航規制として行われていることを認めるに足る証拠はない。)が、結果として、休日等における騒音を大いに軽減するものであることは明らかである。

(二) 飛行方式による騒音軽減

(1) 飛行経路

前記一〇・四協定(協定書)において、「努めて市街地上空を飛ばないよう飛行経路を選定する」と定められているところ、前記第三「侵害行為」において述べたとおり、離着陸経路を通常の場合に比して海側に設定し、人家密集地を避けるような配慮がなされている(かかる飛行経路を原告らは「中島方式」と呼んでいる。)。

もっとも、離陸について述べると、離陸後最初の旋回は、各機種に応じた安全速度に達した後に行うのが原則であって、機種によって旋回開始点が異なる。また、同一機種であっても、風向き、風速、気温等により加速時間が変わるので、旋回開始点が異なる。こうした事情のため、実際に各航空機が離着陸する経路は、右離着陸経路についての所定の線上よりも相当の幅があるものである。

原告らは、本人尋問及び陳述書において、右のいわゆる中島方式による飛行経路があまり遵守されていない旨供述しており、また、<証拠>等、かかる原告らの供述に沿う原告ら自身の調査結果も提出されているところである。もっとも、<証拠>によれば、<証拠>における調査方法は、本来の有視界飛行経路を遵守したといえるかどうかを判断するにつき、必ずしも調査者が中島方式による飛行経路の直下ないし当該航空機の飛行経路の直下にいるなどして、右遵守の有無を明確に判別しうる方法によったものではなく、調査者からやや離れた地点にいた住民や原告団らないし原告代理人らの報告をも参酌しつつ、大略の感じで目測したものであり、その判断の正確性については若干疑義が残る。しかし、事柄の性質上、ある程度の不正確さはやむを得ないところであり、右のとおり、離陸時の旋回開始点の違いがあることなども考え合わせると、小松飛行場に離着陸する自衛隊機のうち相当数は、前示気象条件その他の事情に左右されて、右のいわゆる中島方式による飛行経路から多少はずれて飛行していたものと認めることができる。その割合が平均してどれほどのものか、また、右本来の経路を遵守する意思が乏しかったためなのか、概ね気象条件等のためやむを得なかったためか、などの点については、これを断定しうるほどの的確な証拠はない。

(2) 飛行方法

小松飛行場における主としてジェット戦闘機の離陸時における騒音軽減運航方式として、次のような措置がとられている。

(ア) 急上昇離陸方式

通常の離陸より大きく上昇姿勢(上昇角度)をとり、離陸後、可能な限り人家を避け、海上に離脱し、騒音の軽減を図る。

(イ) アフターバーナー早期カット

F四EJの場合、離陸時においてアフターバーナーを使用するが、早期にこれをカットする方法をとることで、騒音の軽減を図る。

(ウ) 編隊離陸の規制

編隊離陸をすると単機離陸の場合より騒音が高くなるので、比較的人家の密集している北東(小松市街地)方向へは、編隊離陸を行わず、単機離陸を行うものとしている。

(三) これらの運航対策による騒音軽減の効果については、これらの措置がとられる以前の騒音量に関する客観的資料が乏しいため、必ずしも明確ではない。まず、運航時間帯及び運航日等の制限について見るに、前記第三「侵害行為」において述べたとおり、少なくとも、早朝、夜間等の時間帯の規制、休日等の規制に関しては、それらの時間帯、曜日が通常多くの人間が自宅で休養するものであることを考慮すると、それなりの効果を上げているものといえる。もっとも、小松市の行事等に係る運航規制については、その日数が限られているから、その効果にはさほど見るべきものはない。

次に、飛行方式による騒音軽減を見るに、特に飛行経路の設定について、こうした措置を行わない場合に比べて、人家密集地である小松市街地等への騒音の影響の軽減効果はそれなりにあるものと思われる(原告らも、その本人尋問及び陳述書において、中島方式が遵守された場合の騒音低減効果を認めるものが多い。)。もっとも、前記のとおり、所定の飛行経路が正確に遵守されているかどうか疑問の余地があり、こうしたことから、原告らのうちには、右騒音軽減の効果を疑問視するものも多いが、その場合でも、そうした措置がとられない場合と比較すれば、より早期に海側を飛行することになるので、全く効果がないわけではないと思われる。ただし、右は小松市街地等の人家密集地から見た騒音低減効果であって、かかる飛行経路をとることによって、若干の原告らは、かえって自宅の上空近くを自衛隊機が飛ぶこととなるので、その効果は、原告らを個別的にみた場合一様に騒音低減効果があるものとはいえない。

なお、前記第三「侵害行為」で述べた騒音量は、これらの運航対策がとられていることを前提とした上でのものなので、それら騒音量の認定の中に、これらの運航対策の効果は織り込み済みということもできる。また、前記昭和五二年及び昭和五七年の騒音調査等に基づく区域指定時のWECPNLの値についても、当時既に実施されていたかかる運航対策を前提として騒音量を評価しているものといえる。

第六違法性(受忍限度)

一はじめに

前記のとおり、本件において原告らが差止・損害賠償請求の原因として主張するもののうち、侵害行為として認められるものは、本件航空機騒音(及びこれに伴う振動)であり、また、原告らが主張する被害のうち、難聴、高血圧等の身体的被害は認められず、せいぜいその可能性が否定されないというにとどまり、被害として認められるものは、生活妨害、睡眠妨害、情緒的被害といった日常生活上の不利益にとどまる。そうすると、かかる航空機騒音(及びこれに伴う振動)が、差止・損害賠償請求の原因となる程度の違法な侵害となるかどうかは、かかる侵害行為が、社会生活上受忍するのが相当と認められる限度を超えるものかどうかによって決せられるべきである。けだし、右侵害行為たる騒音(及びこれに伴う振動)は、程度の差はあれ、およそ全ての社会経済活動によって発せられる可能性のあるものであり、これが生命、身体に直接被害をもたらす場合はともかく、日常生活上の不利益については、全ての人がかかる社会経済活動を営む以上、相互に一定限度までは我慢し耐え忍ばなければならないものと考えられるからである。更に、差止請求の場合においては、過去に生じた被害の損害賠償と異なり、当該社会経済活動に対する直接の規制を内容とするものであって、それらの活動に対する打撃が大きいものであるから、当該活動に社会的有用性、許容性が認められないなど特段の事情がない限り、その被害の内容・程度がもはや金銭賠償による救済だけでは足りないと認められるほどに深刻であることを必要とし、その受忍限度は、損害賠償の場合の受忍限度よりも更に厳格なものでなければならないと解すべきである。原告らは、このような「受忍限度論」を非難するようであるが、要するに、侵害がどの程度に達すると損害賠償や当該侵害行為の差止めを求めうるかについて、何らかの基準を設定するほかないことは原告らも認めるところであって、右基準は後記の総合判断によって決められるべきところ、その結果が当事者の期待に反するかどうかは別として、受忍限度論自体が不合理ということはあり得ない。

右受忍限度を判断する場合には、侵害行為の態様とその程度、被侵害利益の性質と内容、侵害行為の発生源たる社会経済活動の持つ公共性(社会的・経済的有用性)の内容と程度、被害の防止又は軽減のため加害者が講じた措置の内容と程度等の諸事情の総合的な考察が必要である。また、後述のとおり、具体的な受忍限度を定めるに当たっては、行政上の指針たる環境基準が重要な資料の一つとなるものと解される。右諸事情については、公共性及び環境基準の点を除いて、既に第三ないし第五において詳細に認定検討したところであるので、この項では、公共性及び環境基準の点をまず検討した上、それら諸事情を総合的に考慮することによって、具体的な受忍限度の判断に入ることとする。なお、小松飛行場設置以降に飛行場周辺に移住した原告らとの関係では、以上の諸事情の他に、被告において地域性、先(後)住性、危険への接近の各理論として主張する点についての検討も必要であるが、これについては、小松飛行場開設前から飛行場周辺に居住していた原告らを念頭において具体的な受忍限度の判断をした後に、項を改めて検討することとする。

二公共性

前記第二の二の1の(三)及び三の1のとおり、本件は、自衛隊の設置及び基本的な運営並びに安保条約及びこれに基づく米軍の基本的な諸活動それ自体の憲法適合性について判断すべき事件の適格性を有しないと解するところ、安保条約及び自衛隊法の諸規定並びに公知の政治・社会・経済に係る諸事実に照らせば、かかる自衛隊及び米軍の諸活動は、我が国における社会経済活動の基礎となる我が国の基本的な存立と国民の安全に関わるものであって高度な公共性を帯びるものと国会及び内閣において判断されていることが明らかである。そして、これらの日常の諸活動の手段、規模、程度を具体的にどのように決定するかに関しては、現在の我が国の置かれた国際情勢の判断に基づく不正な武力攻撃の危険性の程度、それに適切に対処しうる防衛施設の規模内容、人員の整備、有事に備えた日常の警戒体制と訓練の充実等の諸要素に関する高度に専門的かつ政治的な判断が不可欠であって、これが著しく不合理でないかぎり、私法秩序上、それら諸活動の具体的な手段、規模、程度に関する政治、行政部門の判断が公共の福祉に沿うものとして尊重されるべきである。

そこで、小松飛行場に離着陸する自衛隊機及び米軍機の諸活動の公共性について判断するに、<証拠>によれば、小松飛行場の重要性と適地性(ただし、原告らの被害の点を除いたもの。以下同じ。)に関する事実として、ほぼ被告主張のとおりの事実が認められ、この点に関する被告の判断に格別不合理な点は見出し難い。すなわち、右各証拠及び弁論の全趣旨によれば、小松飛行場は、日本海側唯一の防空作戦を担う航空作戦基地であり、中部防衛区域にあって、東京、名古屋、大阪という政治経済の中枢都市を底辺とした三角形の頂点に位置する基地として戦略的価値が極めて高く、また、国籍不明機の出現回数、領空侵犯の事例とも大部分が日本海側であって、航空自衛隊全体の年間における緊急発進回数のうち相当数が小松基地からのものであるというのであって、このような小松飛行場の重要性と適地性に関する被告の判断が不合理であると断ずるに足りる証拠はない。また、被告は、有事における防衛行動を円滑に実施するためには、日常において不断の警戒体制及び飛行訓練の充実が不可欠である旨主張するところ、現に存する自衛隊及び米軍の任務の性質に照らして、かかる被告の主張を不合理であると断ずるに足りる証拠もない。

右を要するに、既に第二の一の3「平和的生存権」の項並びに同二の1の(三)及び三の1の「統治行為論について」の項でも述べたとおり、本件は自衛隊の存在及び諸活動が公法秩序上憲法違反かどうか、あるいはその活動が一般民事法と異なる論理によって他の市民社会の諸活動に対して優越的な地位を有すると認めることが憲法九条等に反しないかどうかなどが問われている事案ではなく、例えば自衛隊の車両が交通事故を起こした場合のように、専ら一般民事法の論理によって判断すべき事案であるから、前示のような公法秩序上の問題と離れて、小松飛行場という具体的な場所において自衛隊機を運航させることが「私法的な価値秩序のもとでの社会の一般的な観念として」(前示いわゆる百里基地訴訟についての最高裁判所平成元年六月二〇日判決・民集四三巻六号三八五頁以下の理由説示参照)反社会的なものであるか、あるいは一定の社会的有用性・公共性を有するかどうかを判断すれば足りるものである。しかるところ、飛行場において飛行機を離着陸させることは、一般旅客機について考えてみれば明らかなとおり、車両が道路を通行することと同様に何ら反社会的な行為でない。のみならず、憲法九条二項により如何なる軍事力の保持も禁止されていると解するか、それとも前示国会・内閣の判断のように国際社会の現実が憲法前文の前提とするような理想的なものでない以上、一定限度の防衛力を保持することは国家の安全確保上当然許容されていると解するかという問題(この議論自体種々の考え方があり、「国民大多数のほぼ一致した意見」といえるものが未だに形成されていないことは、公知の事実である。)と離れて、前示私法的な価値秩序のもとでの社会の一般的な観念として、国家の安全を確保する行為が国の一個の基本的作用であることは疑う余地がないのであるから、小松飛行場における自衛隊機の運航もこの基本的作用の一環として、他の公的ないし公共的諸活動、すなわち例えば国や地方公共団体等がする道路、港湾、上下水道、廃棄物処理場、公共的輸送・運搬等々に係る設備設置工事ないし当該事業の実施などと同程度の(本件に沿っていえば、仮に国営一般旅客機の運航があるとするとき、それと同程度の)社会的価値・有用性・公共性を肯定することができるものである。そして、後記のとおり、一定の制約下で実施されている小松飛行場における夜間の飛行訓練や緊急発進についても、右の国の基本的作用の性質上、その一環として含まれているものであって、これが不合理ないし無用であるというべき事情は認められない。

三環境基準

1  <証拠>によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 昭和四二年八月三日に施行された公害対策基本法は、公害防止に関する基本的施策を定めること等により、公害対策の総合的推進を図ることを目的として制定されたもので、公害発生源に対する直接の規制措置を定めたものではないが、行政上の規制措置の基本的指針とするため、同法九条において、大気汚染、水質汚濁、土壤の汚染及び騒音に係る環境上の条件について、人の健康を保護し、生活環境を保全する上で維持されることが望ましい環境基準を定めることを政府に要求している。右環境基準は、許容限度又は受忍限度を示すものではなく、より高度な「望ましい基準」を定め、将来に向かっての行政上の政策目標とするものである。

(二) これを受けて、政府は、まず、昭和四六年五月二五日閣議決定により「騒音に関する環境基準」を設定した。

右「騒音に関する環境基準」は、特に静謐を要する地域では昼間四五ホン(A)以下、朝夕四〇ホン(A)以下、夜間三五ホン(A)以下であり、主として住居の用に供される地域では昼間五〇ホン(A)以下、朝夕四五ホン(A)以下、夜間四〇ホン(A)以下であり、相当数の住居と併せて商業、工業等の用に供される地域では昼間六〇ホン(A)以下、朝夕五五ホン(A)以下、夜間五〇ホン(A)以下であり、道路に面した地域では更に五ないし一〇ホン(A)の範囲で緩和されるものとする。もっとも、右環境基準は、航空機騒音、鉄道騒音及び建設作業騒音には適用しないものとされた。

(三) 次いで、昭和四六年九月二七日、環境庁長官は、中央公害対策審議会に対し、航空機騒音等特殊騒音に係る環境基準の設定について諮問し、右諮問を受けた同審議会は、その分科会である騒音振動部会特殊騒音専門委員会に答申案を検討させ、昭和四六年一二月一八日、その結果の報告を受けた。

右報告は、航空機騒音対策の指針を、①夜間特に深夜における航空機の発着回数を制限し、静穏の保持を図るものとすること、②空港周辺において、航空機騒音が、一日の飛行回数を一〇〇機から二〇〇機として、ピークレベルのパワー平均で九〇ホン(A)(これはWECPNLで八五、NNIで五五にあたる。)以上に相当する地域について緊急に騒音障害防止措置を講ずるものとすることと定めている。右報告は、その理由として、横田、大阪及びロンドン空港において、NNI五五の地域では、会話、電話、テレビ等の聴取妨害の訴え率八〇ないし九〇パーセント以上、読書、思考等の妨害の訴え率七〇パーセント以上、情緒影響の訴え率九〇パーセント以上となっており、フランス、オランダでも同様の傾向を示したことから、NNI五五(WECPNL八五にあたるとする。)以上の地域を緊急に騒音障害防止措置を講ずべき地域として提示したとしている。

中央公害対策審議会は右報告を受けて、昭和四六年一二月二七日、環境庁長官に対し、主として東京及び大阪両国際空港周辺地域における航空機騒音被害に対処するため、WECPNL八五以上の地域について緊急に騒音障害防止措置を講ずべきである旨の答申をなし、環境庁長官は、翌二八日、運輸大臣に対し、同旨の勧告をした。

(四) 更に、昭和四八年四月一二日、前記特殊騒音専門委員会は、航空機騒音に関する環境基準について、環境基準の指針値はWECPNL七〇以下とする(ただし、商工業の用に供される地域においては、WECPNL七五以下とする。)旨報告した。中央公害対策審議会は、右報告を受けて、昭和四八年一二月六日、環境庁長官に対し、ほぼ同旨(ただし、地域類型についてはⅠ、Ⅱに分けた)の答申をなし、更に環境庁長官は、昭和四八年一二月二七日、右答申と同旨の昭和四八年環境基準を告示した。

昭和四八年環境基準は、飛行場周辺地域のうち、専ら住居の用に供される地域(類型Ⅰ)においてはWECPNL七〇以下、類型Ⅰ以外の地域であって通常の生活を保全する必要がある地域(類型Ⅱ)においてはWECPNL七五以下を基準値として定め、飛行場の区分に応じて達成期間を定めている。これによると、例えば、既設飛行場のうち福岡空港を除く第二種空港B(ターボジェット発動機を有する航空機が定期航空運送事業として離着陸する空港)及び新東京国際空港の周辺地域においては一〇年以内、新東京国際空港を除く第一種空港(東京国際空港及び大阪国際空港)及び福岡空港の周辺地域においては一〇年を超える期間内に可及的速やかに右基準値をそれぞれ達成すべきものとされ、かつ右達成期間が五年を超える地域については、中間改善目標として五年以内にWECPNL値を八五未満とし、八五以上となる地域においては屋内で六五以下とすること、達成期間が一〇年を超える地域においては、右五年以内に達成されるべき中間改善目標のほかに、一〇年以内にWECPNL値を七五未満とし、七五以上となる地域においては屋内で六〇以下とすることと定められている。環境基準が右のような値に定められたのは、聴力損失など人の健康に係る障害を防止することはもとより、日常生活において睡眠妨害、会話妨害、不快感などを来さないことを基本目標とするとともに、航空機騒音の影響が広範囲に及ぶこと、その他輸送の国際性、安全性等種々の制約を考慮したことによるものであり、WECPNL値七〇は、道路騒音等一般騒音の中央値と比較した場合に、各種の生活妨害の訴え率からみて、ほぼ六〇デシベル(A)に相当し、また、一日の総騒音量でみると、連続騒音の七〇PNデシベルと等価であり、一般騒音のPNデシベルとデシベル(A)との差及びパワー平均と中央値との差を考慮すると、ほぼ右中央値の五五デシベル(A)に相当することから、このWECPNL七〇の値が採用されたものである(なお、前述のとおり、WECPNL値七〇は、機数二〇〇機の場合およそNNI四〇に、二五機の場合およそNNI三五に相当する。)。そして、一般騒音が地域類型別に定められていることに対応して、航空機騒音に関しても、類型Ⅰ、Ⅱの地域に区分し、類型Ⅰの地域の基準値を右WECPNL値七〇とするとともに、類型Ⅱの地域については、訴え率からみて一般騒音の上限値である中央値六五デシベル(A)に相当するWECPNL値七五の値が採用されたものである。

なお、航空機騒音に関する環境基準の評価単位としては、各国において、NNI(英国)、CNR(米国。後にNEF)、N(仏国)等様々なものが用いられていたが、昭和四四年にICAO(国際民間航空機構)が、世界各国で用いられている評価単位には本質的な違いはないことから、これを統一する目的でWECPNLを提案し、未だ独自の評価単位を使用していない国はWECPNLを採用することを勧告しているところ、我が国でも国際単位ということで環境基準に採用することとなったものである。

(五) 昭和四八年環境基準は、「自衛隊等が使用する飛行場の周辺地域においては、平均的な離着陸回数及び機種並びに人家の密集度を勘案し、当該飛行場と類似の条件にある飛行場の区分に準じて環境基準が達成され、又は維持されるように努めるものとする」旨定めていて、努力目標としての性格を強めており、かつ、具体的な達成期間等が曖昧であったが、前記一〇・四協定(基本協定書)によって、公共用飛行場の区分第二種Bに準じて、昭和五八年一二月二六日までに、右「航空機騒音に係る環境基準」の達成を期する旨の合意が成立した。

なお、昭和四八年環境基準によれば、類型Ⅰ、Ⅱとする地域の指定は、都道府県知事がするものとされているが、小松飛行場周辺地域に関し、少なくとも、昭和五六年六月の時点では未だかかる指定はなされていないことは明らかであり(<証拠>)、その後もかかる指定がなされたとの証拠はない。

2  右「航空機騒音に係る環境基準」及び一〇・四協定の法的性格について検討するに、まず、右「航空機騒音に係る環境基準」は、その経緯から明らかなように、そもそも行政上の施策の基本的基準の設定を目的として定められたものであり、この性質は一〇・四協定によっても変更されていないと解すべきである。

この点について、原告らは、右協定によって、屋内外を問わず小松飛行場周辺地域においてWECPNL七〇ないし七五の環境基準を達成することが法的に義務づけられたものである旨主張するので検討するに、まず、その文言自体「達成を期する」と表現されていること、この協定の一方当事者である被告国がかかる義務を定めたことを認めていないことはもちろん、相手方当事者である地方公共団体の長たる小松市長や石川県知事の議会答弁等(<証拠>)をみても、義務づけた趣旨として受け取っていないことを読み取ることができ、その他特に法的義務を宣明したものと認めるに足りる確たる証拠はない。また、昭和四八年環境基準においては、達成期間が五年を超える地域については、中間改善目標として五年以内にWECPNL値を八五未満とし、八五以上となる地域においては屋内で六五以下とする等、屋外で基準値を達成することが必ずしも容易でない事情に鑑み、防音工事等によって屋内でのWECPNL六〇ないし六五とすることを掲げているところ、かかるいわば次善の策を認めず、原告ら主張のとおり、必ず屋外でWECPNL七〇ないし七五を達成する旨約束していたとみることは、前記小松市長の議会答弁等によっても屋外で達成できないときは屋内で前記基準を達成することを前提としていること、この点について特に基本協定書の文言では限定されていないことなどに照らせば、原告らの主張を採用することはできず、他に原告らのかかる主張を裏付ける確たる証拠もない。

結局、同協定の意義は、前記のとおり、自衛隊等が使用する飛行場についての昭和四八年環境基準の適用が曖昧であった点を正し、公共用飛行場の区分第二種Bに準じて、一〇年内に環境基準を達成することを行政上の指針とすることを明確にした点にあると認められ、それ以上、すなわち公共用飛行場の区分第二種Bに関する前記環境基準において定められていたこと以上に、被告に法的義務を課したものとは理解し難いものである。

3  右「航空機騒音に係る環境基準」及び一〇・四協定の法的性格は、右に述べたとおりであるが、だからといって、これらが本件において具体的な受忍限度を定めるにあたって重要な資料の一つになることを否定すべきいわれはない。

環境基準は、公害行政上の具体的な目標値であって、当然に私法上の受忍限度を画するものではないが、その基準値策定の手法は私法上の受忍限度判断の手法と軌を一にするものがあり、環境基準は本件においても具体的な受忍限度を定めるにあたって重要な資料の一つとして考慮されるべきである。

例えば、前記のとおり、本件航空機騒音による被害となるべきものは、生活妨害、情緒被害といった本来主観的な訴えを基本とし、その客観的な把握が困難であって、その被害の実情の理解には、アンケート調査等によって住民の被害の訴えをみていくことが中心とならざるを得ないところ、前記環境基準もこうした生活妨害等に対する住民の反応の程度を中心に考慮して具体的な基準値を定めているところであり、このようにして、環境基準の設定にあたっては、種々の実験室データや疫学的調査等の科学的調査に基づき、航空機騒音低減の困難性や、輸送の国際性等の公共性などを考慮し、また、地域類型によって異なった基準値を設けるなどして地域性などについても配慮しているのであって、私法上の受忍限度の判断にあたって考慮されるべき要素として前記に掲げたものとほぼ共通の要素を総合的に考慮して基準を設定しているものである。よって、かかる似通った手法の下に具体的に設定された環境基準は、受忍限度の判断において大いに参考にすべきものである。

また、一〇・四協定についても、これが当然に国に環境基準の達成を義務づけたものでないとしても、国が一〇年内に達成を期する旨約したことは、当然その期間内に環境基準を達成することが可能であり、かつその達成が小松飛行場周辺の地域性を考慮しても妥当であるとの判断の下にかかる協定を結んだものというほかなく、その意味で行政上の責任を負っているものというべきである。しかるところ、一〇・四協定上の達成期限から既に六年以上経過している現時点においてなお、中間改善目標値すら達成できておらず、また、未だ全室防音化達成の目処も立っていないものであって、前記屋内の目標値としても環境基準を達成したとはいえない現状にあり、このことは損害賠償の受忍限度の判断にあたって十分に斟酌されるべきものである。

四差止請求の当否

以上の検討結果に基づき、原告らが求める差止請求の関係で本件侵害行為が受忍限度を超えているかどうかを判断することとする。

先に検討したとおり、差止めとの関係において、本件侵害行為として認められるものは、小松飛行場に離着陸する自衛隊機の発する航空機騒音(及び振動)であり(前記のとおり、米軍機についてはそもそも差止めの対象にならない。)、その中心は、通常訓練における自衛隊のジェット戦闘機の発する騒音(及び振動)であるが、その一日平均の管制回数は約六〇ないし七〇回程度(平日のみの一日平均約一〇〇回程度)であって、このうち離着陸する滑走路の方向により、その約半数(ただし、北東側が若干多い傾向にある。)が、原告ら各住居における航空機騒音の原因となるものである。

その騒音レベルをみるに、原告ら住居で行った検証結果(騒音測定)によると、屋外で九〇ないし一〇〇デシベル(A)程度に達する相当に強大なジェット戦闘機特有の耳障りな金属音を到達させているものである。この点、個々の原告らの住居についてみても、防音施設庁の区域指定によれば、原告らの住居は、ほとんどWECPNL七五以上の第一種区域内にあり、そのうち原告福田俊保外ごく一部の原告方はWECPNL九〇以上(九五未満)の第二種区域内にあるものである。

もっとも、かかる航空機騒音は平日の昼間及び夕方に集中しており、国の運航対策等の結果、土曜、日曜、休日等、並びに平日においても夜間(午後九時以降)、早朝(午前七時以前)及び昼間の一定時間帯(午後零時から午後一時)においては、年一二日程度の演習等の場合を除いて比較的静穏な状態が保たれているものである。

右航空機騒音等による原告らの被害については、既に検討したとおり、生活妨害、睡眠妨害、情緒的被害といった生活上の不利益が中心であり、小松市の騒音影響調査の結果等によれば、特にWECPNL八五以上の地域で、かかる妨害の訴え率が高く、それらの地域に居住する原告らの被害の深刻さが窺えるが、それらの原告らを含め、原告らに難聴等の身体的被害は現実に認められず、せいぜいその可能性が否定されないというにとどまるのみである。

しかるところ、右航空機騒音等の原因たる自衛隊の諸活動については、前示の趣旨で社会的価値を認めることができ、有時における防衛行動を円滑に実施するためには、日常において不断の警戒体制及び飛行訓練の充実が不可欠であるとの被告の主張も容易に理解できるところであるから、こうした平時における諸活動についても、前示の公共性を認めることができる。そして、夜間の飛行訓練及び緊急発進についても、一定の範囲内で必要不可欠なものといえることは<証拠>によって認められるところである。

加えて、被告の方でも、全く無制約に飛行訓練等を実施しているのではなく、飛行時間帯の規制等の運航措置によって、被害の軽減に相当の努力をしており、また、未だ全室防音化が達成されないなど不十分な点もあるが、周辺対策においても多額の予算を投じて相当の努力をしていることは本件差止請求の当否の判断にあたっては十分斟酌すべきである。

以上の諸事情を総合して、原告らの請求のうち、まず、夜間(午後六時以降)、早朝(午前七時以前)における自衛隊機の離着陸及びエンジン作動の差止請求について判断する。かかる時間帯の運航活動は主に夜間訓練によるものであって、その他には、演習、緊急発進、災害派遣等によるものであるが、まず、夜間訓練は原則として週二回程度しか実施されていないこと、夜九時以降は原則として行われていないこと、有事における夜間の防衛行動のためにある程度の夜間訓練は必要不可欠であること、その他の演習、緊急発進、災害派遣等についても、演習は頻度が年一二回と少なく、深夜に及ぶことは少ないこと(平均終了時間は午後八時三三分)、有事の防衛行動に備えるためにその都度行うべきものであると思われること、緊急発進は他国からの領空侵犯を不断に監視するために、また災害派遣は人命救助のためにいずれも時間帯にかかわらず実施する必要があること、その他、夜間の睡眠妨害自体はその騒音発生頻度等によるとそれほど深刻な状態には至っていないこと等を考慮すると、右夜間についての差止請求との関係では、原告らの被害は未だ社会生活上受忍すべき限度を超えるものとはいえない。

次に、昼間(午前七時から午後零時三〇分までの間及び午後二時から午後六時までの間)の七〇ホン(A)を超える騒音到達の差止及び昼間の一定時間帯(午後零時三〇分から午後二時までの間)の自衛隊機の離着陸及びエンジン作動の差止請求について検討するに、前記第五「騒音対策」で述べたとおり、本件航空機騒音の主たる原因はジェット戦闘機であって、これについては音源対策をとることが困難である等の実情に鑑みると、前者のように一定音量の騒音到達の差止め請求を認めることは、現時点においては事実上当該時間帯の自衛隊機の飛行を全面的に差し止めるのと同様の結果を招くことになりかねない。したがって、右請求は、昼間の一定時間帯(午後零時三〇分から午後二時までの間)の自衛隊機の離着陸及びエンジン作動の差止請求と合わせて、結果的に実質上昼間(午前七時から午後六時までの間)の一切のジェット戦闘機の離着陸等の差止めを求めていることに帰する。しかしながら、かかる時間帯における主たる騒音発生は日常の飛行訓練によるものであるが、前記のとおり、右訓練についても、有事における防衛行動の充実につながると認められるので、原告らについて身体的被害までは認められず、その被害が主として生活上の不利益にとどまること、被告において運航対策、周辺対策等に相当の努力をしていることを考慮すると、昼間における右各差止請求との関係でも、原告らの被害は未だ社会生活上受忍すべき限度を超えるものとはいえない。

以上の次第で、原告らの差止請求との関係では、自衛隊機の発する航空機騒音は未だ社会生活上受忍すべき限度を超えるものとはいえないから、自衛隊機の離着陸等の差止め及び一定音量の騒音到達の差止めを求める原告らの請求は、いずれも失当として棄却を免れない。

五損害賠償請求の当否

次に、損害賠償請求の関係で本件侵害行為が受忍限度を超えているかどうかを判断することとする。右受忍限度の判断において考慮すべき諸事情は、大部分差止請求のそれと共通であり、侵害行為の内容、程度、被害の種類等については差止請求の当否の判断において述べたとおりであるが、利益衡量の過程において差止請求とは異なった評価をすべき点があり、かつ、被害の程度等についても更に詳細な検討をすべき点があるので、そのような点を中心に検討する。

すなわち、差止請求においては、小松飛行場における自衛隊の諸活動に重大な影響を与えることがありうるのに対し、金銭賠償にとどまる限りは、自衛隊及び米軍の日常の諸活動に対する影響は間接的であり、さほど深刻な影響があるわけではない。しかも、前記のとおり、原告らの被害は生活上の不利益にとどまるとしても、特に飛行場に近接した地域に居住する原告においては、かなり深刻な生活妨害が発生しており、前記公共性はかかる特別の犠牲の上で実現されたものであり、金銭賠償すら認められないとなれば、かかる国防上の利益を受ける国民全体と、そうした被害を受ける者との間に無視し難い社会的不公平が生じる。

ところで、本件受忍限度の判断において、原告らの被害の程度の把握が重要であることは、論ずるまでもない。しかるところ、本件被害たる生活妨害の程度を客観的に表現することは困難であり、また、航空機騒音とそれによって生じる被害との間にその関係を定量的に把握できるような厳密な意味での対応関係があるわけではない。それゆえ、原告らの被害の程度を把握することは相当困難であるが、前記のとおり、飛行場周辺においてWECPNLやNNI等の評価単位で表現された地域の騒音の程度が増大するにつれて、当該地域における住民の否定的反応の程度が高まるという関係が認められることなどに照らして、こうした航空機騒音に関する評価単位を参考にして各地域住民の被害の程度を推し量ることが、本件にあっては最も現実的かつ合理的と認められる。以下、これによって判断する。

前記のとおり、右航空機騒音に関する評価単位には、各国で様々なものが採用され、それぞれに合理的な根拠を有しているものと思われるが、本件小松飛行場における個々の原告らの居住地における騒音の程度を把握するには、生活環境整備法に基づく区域指定において各原告がどの区域に居住しているかを把握する以外に適切な手段は見出し難く、右区域指定はWECPNLの評価単位を採用していることに照らすと、右区域指定におけるWECPNLの値を参考にして、個々の原告らの被害の程度を判断するのが適切である。しかも、右WECPNLによる評価は、騒音レベル、発生頻度、昼夜等の時間帯による影響度の差異等を総合考慮して、間欠的な航空機騒音の人間に対する影響を把握しようとするもので、ICAO(国際民間航空機構)によって提唱され、我が国でも環境基準や生活環境整備法に基づく区域指定に採用されることとなったもので、現時点において信頼性の最も高い評価方式の一つということができる。また、小松市の騒音影響調査等の小松飛行場周辺での騒音影響調査を含め本件証拠となっている飛行場周辺での騒音影響調査の多くが各区域指定におけるWECPNLの値を考慮して住民の反応等の調査をおこなっていることにも照らし、区域指定におけるWECPNLの値を考慮する方式が最も妥当である。なお原告らの居住地における騒音の程度の実際は、本来ならば、区域指定のWECPNL値ではなく、その基礎となる実測コンターによるWECPNL値を参考に判断すべきところであるが、かかる基礎資料は本件の証拠として提出されておらず、かつ、区域指定の線引きは前記のとおり、概ね実測コンターの外側に原告らに有利となるように定められているものであり、仮にある地点の実測値が当該区域指定によるWECPNL値に達していなかったとしても、被告が周辺対策において当該WECPNL値以上の区域と同様の障害が発生しているものと評価して同等の対策を施すべきものとした以上、本件受忍限度の判断においても同等に扱うのが妥当と思われるから、ここでは区域指定におけるWECPNL値を参考にすることとする。なお、右区域指定におけるWECPNL値は、米軍機の離着陸による騒音を考慮して定めたものではないが、前記のとおり、米軍機が日米共同訓練で飛行するのは一年のうちでもごく僅かな日数にすぎず、原告らの被害はほぼ専ら自衛隊機による日常の飛行による騒音が原因しているものと認められるのであるから、後記のとおり、全く米軍機による被害がないとはいえないものの、これによって特に後に認定する航空機騒音が受忍限度を超えるとする地域の範囲を拡大するほどの影響はないものと解される。

そこでまず、「航空機騒音に係る環境基準」がWECPNL七〇ないし七五以下と定めていることを検討する必要がある。右基準は、「人の健康を保護し、及び環境を保全する上で維持されることが望ましい基準」(公害対策基本法九条一項)であって、国が航空機騒音に関する総合的な施策を進める上で、達成することが望ましい値を設定した行政上の指針であるから、右基準を超える騒音が直ちに違法性を有すると解することはできない。この点、前記のとおり、被告は、一〇・四協定において昭和五八年一二月二六日までに右環境基準の達成を期する旨約し、右期限から既に六年以上経過したのに、右環境基準が達成したとはいえない現状にあることは、受忍限度の判断において十分斟酌すべきであるものの、そもそもの環境基準の性格が右に述べたとおりであること、前記のとおり騒音の軽減という見地からは必ずしも十分でないとしても被告は周辺対策等において予算的にはこれまでに相当程度の支出をして、それなりの努力をしてきたものと見る余地があることなどの事情に照らすと、達成期間を相当経過したとの理由のみでは、小松飛行場周辺で具体的にどの程度の被害が生じているかを問題にすることなく、直ちにかかる環境基準をもって本件損害賠償請求における受忍限度の基準値とするには未だ十分でないといわざるを得ない。

しかしながら、右環境基準において、中間改善目標として掲げられたWECPNL八五の値については、そもそも、環境庁長官の昭和四六年一二月の勧告において、WECPNL八五以上の地域で、航空機騒音による生活妨害の訴えが甚だしく、緊急に騒音障害防止措置を講ずるものとされたことが重視されるべきである。そして、本件小松飛行場周辺地域における生活環境整備法による周辺対策においても、まず、WECPNL八五以上の地域を防音工事助成措置の対象となる第一種区域として指定されたとの経緯は重要である。しかも、被告は一〇・四協定(基本協定書)において、公共用飛行場の区分第二種Bに準じて、昭和五八年一二月二六日までに、右「航空機騒音に係る環境基準」の達成を期する旨の合意をしているにも関わらず、右中間目標値すら達成できたといえないことは十分に考慮されなければならない。実際の被害の訴えについてみても、小松市の騒音影響調査等の証拠に照らすと、特にWECPNL八五以上の地域で生活妨害の訴え率が高く、それら地域での被害がかなりの程度に達しているものと認められる。こうした事情を総合すると、とりわけWECPNL八五以上の地域に居住し、又は居住していた原告らについては、航空機騒音による被害が受忍限度を超えていることが明白であるというべきである。

これに対し、前記小松市の騒音影響調査(<証拠>)に照らすと、小松市本町(WECPNL八〇以上八五未満)では、被害の訴えがあるとしても、その被害の種類によっては、非騒音地区と顕著な違いは現れていないなど、WECPNL八五未満の地域において、地域によっては、WECPNL八五以上の地域に比較すると必ずしも深刻な被害が生じているといえるか疑問の余地がある。もっとも、同じWECPNL八〇以上八五未満の地域でも小松市大島町では、かなり生活妨害の訴えがあり、これは本町が市街地区にあり、大島町が農村地区にあることが影響しているとも推測される。この点、原告らの居住地を類型別に考慮して受忍限度の基準値を定めることも考慮されるべき方法のひとつといえるが、本件証拠上個々の原告の居住地に関するかかる生活環境の違いは必ずしも明らかになっておらず、そのような方法によることは困難である。また、前記のとおり、小松飛行場周辺地域は、小松市の市街地区(商工業地域としてはそれほど広い面積があるわけではない。)を除けば概ね農業的利用がなされ、小松飛行場に離着陸する航空機騒音の影響を除けば概ね静かな地域であるから、WECPNL八〇以上の八五未満の地域に関しては、概ね大島町に準じた被害が生じているものと見て差し支えないと言うべきである。そうすると、WECPNL八〇以上の八五未満の地域でも相当の被害が生じていると認められるものである。

一方、WECPNL八〇未満の地域については、このような小松市の騒音影響調査のような客観的なデータはなく、その被害の程度を把握することはやや困難であるところ、前記「第四被害」において掲げた他の飛行場での調査結果を見ると、たとえば、財団法人航空公害防止協会が、昭和五五年度ないし昭和五七年度に財団法人大阪国際空港メディカルセンターに委託して行った調査結果によると、大阪空港周辺地域における騒音による騒がしさや生活妨害(会話の妨害、テレビ、ラジオの聴取妨害、読書、勉強の妨害など)に関する訴えは、WECPNL七〇〜八〇の地域では、それほど訴え率が高いといえないのであって、こうした調査結果などにも照らし、小松飛行場周辺地域でも、WECPNL八〇未満の地域ではどれほど本件航空機騒音による被害が耐え難い状況に達しているといえるか疑問の余地がある。

そこで、右の諸事情を含め、これまでに種々検討したところを総合すると、WECPNL八〇以上の地域(昭和五五年の防衛施設庁告示で第一種区域とされた地域)に居住し、又は居住していた原告らについては、航空機騒音による被害が受忍限度を超えたものとして、違法性を帯びるものと認めるのが相当である。

ところで、原告らのうち、第二次訴訟原告(番号47)幸塚廣之助は、小松市青路町七九番地に居住していることは当事者間に争いがなく<証拠>によれば同所は右WECPNL八〇以上の地域に含まれていないことが明らかであるところ、同原告は勤務先である小松高校が右WECPNL八〇以上の地域に所在するものと主張している(なお、本件証拠上、勤務先のみがWECPNL八〇以上の地域に含まれるという原告は、同原告の外には見当たらないが、仮に存したとしても、以下、同原告について述べることがそのまま当てはまるものである。)。しかし、前記「第四被害」で認定した原告らの被害は、生活の本拠たる住居での一日の生活上の種々の不利益の総体として把握されるべきものであって、主に昼間滞在するにすぎない勤務先においてたとえ会話妨害(同原告の場合は、授業妨害も含まれる。)等の被害があったからといって直ちにこれが受忍限度を超えたものとして慰藉料請求権の根拠となるものということはできない。また、本件証拠上、同原告の右勤務先における被害それ自体が受忍限度を超えているとも認めるに足りないところである。

なお、次項で述べるとおり、被告が騒音対策として行っている種々の施策のうち、周辺対策は被害の一部を軽減するものにすぎず、被害の抜本的対策にはなっていないので、せいぜい助成措置等を受けた原告との間で、損害賠償額の算定にあたり減額事由として考慮すれば足り、また、運航対策を含む音源対策等については、これを前提とした上での騒音量を本件侵害行為として把握しているものであるから、これらは損害賠償に関する受忍限度の判断においては特に考慮しないのが相当である。

六損害賠償における周辺対策の評価

被告は、違法性の判断にあたっては、被害の防止又は軽減を目的とする周辺対策、音源対策等の行政的措置の内容を考慮すべきであると主張するところ、本件にあっては、損害賠償額減額事由として考慮すべきものがあるにとどまり、それによって違法性が阻却されるべきものは認められなかったので、後記損害賠償額の算定に先立ち、ここでこれを一括しておくこととする。

まず、住宅防音工事の助成について検討するに、前記のとおり、防音工事それ自体の効果については、計画防音量よりも相当割り引いて考えなければならないこと、未だ全室防音化が達成されておらず、通常の人間の生活において一日中窓を締め切った状態で暮らすことは困難であること、防音室以外での生活が必要であること等の事情を考慮すると、それら防音工事の助成を受けた原告についても、その被害の一部分を軽減するにすぎないものであって、この点はさほど受忍限度の判断に影響するものでなく、せいぜい住宅防音の助成措置等を受けた原告との間での損害賠償額の減額事由として考慮すれば足りると解される。

移転措置については、これにより、前記被害が受忍限度を超えている区域内に居住する原告が、その区域外に移転が可能となったのであれば、右移転時以降は被害がないか又はあっても受忍限度内ということになることは当然であり、かかる移転措置を受けた原告毎に考慮すれば足りる。なお、移転措置を受けたのに、なお前記受忍限度を超えている区域内に移住した原告については、せっかく受けた移転措置の効果を無にするものとの評価もできようが、騒音対策のためだけの移住については、家族や勤め先等種々の要素が複雑に関係するものであり、受忍限度を超えない区域への移住をたやすく強いるわけにはいかないこと、受忍限度を超えている区域内への移住といっても、後記一〇の三の2の当裁判所の区分上、より騒音程度の低いところへ移住したことが認められ、移転措置の効果があったものと考えられることに照らし(もとより、移住後は右区分上減額された慰藉料が認められることになる。)、このような原告についても、移転措置のあったことを格別の損害賠償額減額事由とすることは相当でない。

騒音用電話機の設置については、これを設置した原告らの評価が低く、昭和五三年度以降は設置申請が皆無であることに照らし、電話聴取妨害の被害を十分解消するものとはいい難い。また、テレビ受信料の助成についても、テレビの聴取障害に対する直接の対策とはいえないから、これらの対策はいずれも受忍限度の判断においては考慮しないこととし、また、損害賠償額の減額事由としては評価するほどの効果が上がっているとも認められないというべきである。

その他、被告が学校、病院、民生安定施設等の防音工事等様々な周辺対策等を実施していることは前記のとおりであるが、これらの措置による効果は、個々の原告らの被害の防止又は軽減に関しては、極めて部分的、間接的なものであるから、原告らの受忍限度の判断要素及び損害賠償額の減額要素とするのはおよそ相当でない。

第七地域性、先(後)住性及び危険への接近

一地域性、先(後)住性

被告は、小松飛行場は昭和一九年に旧海軍航空基地として開設されて以来、今日に至るまで一貫して防衛施設たる飛行場として機能しており、殊に昭和三六年二月に航空自衛隊小松基地が開設され、同年五月には本格的にジェット戦闘機による飛行が開始されているものであって、小松飛行場の周辺地域は、早くから高度の公共性を有する防衛施設としての飛行場が存在するという地域性を帯び、このような地域性を前提として利用されることが広く社会的に認識され、承認されていたものであり、遅くとも同月末日までには、小松飛行場の周辺がジェット戦闘機の離着陸等による相当程度の騒音にさらされる地域であることが、一般的、社会的に承認され、あまねく了承されていたものというべきであるから、同年六月以降については、地域性、先(後)住性の各理論により、航空機騒音の暴露等の侵害行為について違法性を問い得ない旨を主張する。

しかしながら、被告のいうような理論が適用されるためには、右にいう社会的承認、了承に関し、単に小松飛行場周辺が航空機による強大な騒音等に暴露されている地域であることが広く一般に知れわたったというだけでは足りず、そのような事実が社会的に認容され、小松飛行場周辺住民は航空機騒音等を受忍すべきであるとの認識が国民一般に浸透し、これが定着することを要するというべきであるが、本件において、そのような事実を認めるに足りる証拠はない。

よって、被告の地域性、先(後)住性の各理論の適用に関する主張は採用しない。

二危険への接近

被告は、小松飛行場にジェット戦闘機が離着陸するようになった後である昭和三六年六月一日以降に居住を開始した原告らについては、航空機騒音の存在を認識しながら敢えて住居を選定したのであるから、危険への接近の理論の適用によって、個別的に航空機騒音の暴露等の侵害行為の違法性が否定されるべきである旨を主張する。

被告の右主張は、いわゆる被害者の承諾等に類する事情がある旨の主張として理解するならば、違法性阻却事由として理解できないわけではないが、本件においては、被告の侵害行為の違法性を全面的に阻却するようないわゆる被害者の承諾等に類する事情を認めるに足りる証拠はない。すなわち、一般的にいって、本件原告らは、小松飛行場による便益を受けるためにその代償として騒音地域に移住したのではなく、別個の固有の生活利益に基づいて移住したものであって航空機騒音による被害を積極的に容認する動機付けを有していないこと、国側でも騒音による被害の容認を期待する合理的理由はないこと等に鑑み、特段の事情のないかぎり、航空機騒音の被害の容認を認めるべきではなく、本件全証拠によるもそのような特段の事情は認められないから、被告の侵害行為の違法性を全面的に阻却するようないわゆる被害者の承諾等に類する事情があるとはいえない。

しかし、本件のように、騒音発生源に公共性が認められ、かつ、これによる被害が、生活妨害等の生活上の不利益にとどまり、直接生命、身体に対するものでないような場合においては、激甚な航空機騒音の被害のあることを認識しながら小松飛行場周辺に居住を開始した原告については、居住開始後に航空機騒音等の程度が格段に増加したなどという特段の事情のない限り、衡平の原則上これを損害賠償額の算定にあたりそのような事情のない原告よりも低く算定する事由として考慮するのが相当である。

そこで、原告らが小松飛行場周辺地域が激甚な航空機騒音等にさらされる地域であることを認識し得た時期について判断するに、前記第三「侵害行為」中一「飛行騒音」及び二「地上音」の項で掲げた各証拠に加えて<証拠>を総合すれば、小松飛行場周辺においては、昭和三六年のF八六F配備当時から相当の騒音が発生していたが、これが格段に激甚な騒音となったのは昭和四〇年三月のF一〇四J配備後であること、その後、昭和五一年一〇月にF四EJが、昭和六二年一二月にF一六Jが各配備されているが、前記第三「侵害行為」で述べたとおりこれによって格段に騒音等が増大したものといえないこと、騒音に対する国、地方公共団体の措置及び住民等の反応について見ても、昭和三四年一二月四日に防衛庁名古屋建設部長、小松市小松飛行場対策協議会長との間に交わされた基地補償の約定書(<証拠>)中に「民家個々の防音は基地交付金等をもって市において処置されたい。」などの防衛庁の回答が存在するなど、既にその当時から民家の防音が問題化しており、昭和三八年にはF一〇四Jの配備が問題になり、また、そのころ鶴ケ島町から移転要求が出され、これを契機として昭和三九年四月三〇日名古屋防衛施設局長と小松市長との間に締結された「小松基地拡張に伴う小松市要望事項に対する協定書」(<証拠>)及び「覚書」(<証拠>)中には、当然のこととして学校防音に関する事項や移転補償に関する事項が含まれていること、その後昭和四〇年には、浜佐美、浮柳等からも移転要求が出されてきたこと、以上の事実が認められる。

してみると、遅くともF一〇四Jが配備された昭和四〇年の年末ころまでには、小松飛行場周辺が激甚な航空機騒音にさらされる地域であることが社会問題化し、広く周知されるに至ったものと認められるから、その翌年の昭和四一年一月一日以降に小松飛行場周辺に居住を開始した原告らについては、激甚な航空機騒音の被害のあることを認識していたものと認められる。そして、これらの原告らに関し、居住開始後に航空機騒音等の程度が格段に増加したとかいう特段の事情を認めるに足る証拠はない。

第八将来の損害賠償の請求に係る訴えの適法性

民訴法二二六条はあらかじめ請求する必要があることを条件として将来の給付の訴えを許容しているが、同条は、およそ将来に生ずる可能性のある給付請求権のすべてについて右要件のもとに将来の給付の訴えを認めたものではなく、主として、いわゆる期限付請求権や条件付請求権のように、既に権利発生の基礎をなす事実上及び法律上の関係が存在し、ただ、これに基づく具体的な給付義務の成立が将来における一定の時期の到来や債権者において立証を必要としないか又は容易に立証しうる別の一定の事実の発生にかかっているにすぎず、将来具体的な給付義務が成立したときに改めて訴訟により右請求権成立のすべての要件の存在を立証することを必要としないものについて、例外として将来の給付の訴えによる請求を可能ならしめたにすぎないものと解される。

しかるに、本件においては、将来の航空機騒音等による侵害行為が違法性を帯びるかどうかということと、これによる原告らの損害の内容、程度がどのようなものであるかということが、今後の小松飛行場の使用状況の変化や、被告によってなされる被害の防止、軽減のための諸方策の内容とその実施状況や、個々の原告らに生じうべき種々の生活事情の変動など、複雑多様な諸因子によって左右され、特に、国際情勢の変化、世論のすう勢等に伴う自衛隊基地としての小松飛行場の使用状況の変化の可能性、住宅防音等の周辺対策の進展、個々の原告らの転居その他の生活事情等々については、容易に予測できないから、原告らが将来受忍限度を超えるものとして取得すべき損害賠償請求権の成否及び内容を予め認定することは困難であり、かつ相当でない。かかる損害賠償請求権は、それが具体的に成立したとされる時点の事実関係に基づきその成否及び内容を判断すべきものといわざるを得ない。

したがって、原告らの損害賠償請求のうち、本件口頭弁論終結の翌日である平成二年三月一七日以降に生じるべき損害(この損害賠償請求に関する弁護士費用を含む。)の賠償を求める部分は、権利保護の要件を欠くから、不適法なものとして却下を免れない。

第九消滅時効

一被告は、原告らに損害賠償請求権が発生しているとしても、第一次訴訟、第二次訴訟の各提起の三年以前に発生した損害についての請求権は民法七二四条所定の時効により消滅したものと主張し、本訴において右時効を援用する(本件記録上明らかである。)。よって、この点について判断する。

本件侵害行為は、小松飛行場の供用に伴う間欠的な航空機騒音等の暴露であるところ、一つ一つの騒音の暴露がその都度直ちに受忍限度を超えた不法行為となるとはいい難いが、前記のとおり一日当たりの騒音量がWECPNL八〇に達した場合不法行為が成立する(「瑕疵」が認められ、損害賠償責任が生ずる。)と考えられること(WECPNLは一日を単位として算定する。)、これによる原告らの被害も概ね一日を単位とした種々の生活場面での妨害として把握できることなどを考えると、概ね一日を本件不法行為成立の単位として考えるのが相当である。してみると、本件不法行為は日々新たに生じているものであって、これに対応する損害賠償請求権もまた、日々新たに発生し、それぞれ別個に消滅時効にかかるものと解するのが相当である。

二そこで、民法七二四条所定の消滅時効の起算点について検討するに、同条にいう「損害及び加害者を知ったとき」をどの時点と認めるかが問題となるところ、前記第七「地域性、先(後)住性及び危険への接近」の二「危険への接近」で述べたとおり、昭和四〇年の年末ころには既に小松飛行場周辺は激甚な航空機騒音等にさらされる地域となっており、そのことが社会問題化して地域住民が国に対して民家等の防音や移転補償等を求めるに至っていたなどの事情を総合勘案すると、昭和四〇年の年末ころには、原告らを含む小松飛行場周辺住民は、本件航空機騒音等による被害が受忍限度を超えるものであることを生活体験として十分認識していたものであり、かつ、右騒音等が、国の営造物である小松飛行場を国の機関である自衛隊等の航空機の運航の用に供したことによって発生していることは誰にも明らかであり、加害者についての認識も十分にあったと認められる。

したがって、本件消滅時効は、昭和四〇年一二月三一日までに発生した損害については遅くとも昭和四一年一月一日に、同日以降の日々の損害についてはその日毎に進行していたものと解するのが相当である。また、右一月一日以降に前記騒音等が受忍限度を超える地域に転入してきた原告らについては、転入の時から消滅時効が進行するものというべきである。

この点について、原告らは、同条にいう「損害を知った」というには、損害の発生のみならず、損害を訴求できることを知ることも必要であるところ、複雑な利益較量により被害が受忍限度を超え、損害が訴求可能であることを知ることは第一次訴訟提起前の時点では一般通常人のなし得ないところである旨主張する。しかし、右「損害を知った」というためには、一般人ならば損害賠償を請求しうると判断するに足りる基礎的事情を認識していれば足りると解されるところ、本件についていえば、遅くとも前記時点において、航空機騒音等が生活上耐え難い状態に達している旨原告らが認識していたことは前認定のとおりであるから、右基礎的事情の認識として十分であるといえる。この点、不法行為の成否は、結局のところ訴訟をしなければ公権的に確定しないのであるから、もし原告らの主張のように、右訴求可能の認識を厳格に解すると、訴訟を提起するまでは時効期間が進行しないことになりかねないもので、不合理である。

三更に、原告らは、①本件被害は長期にわたる航空機騒音等の暴露により累積進行する継続的被害であって、鉱業法一一五条二項の準用又は類推適用により航空機騒音等が継続する限り消滅時効は進行しないと解すべきであること、②被告が種々の周辺対策を実施していること及び一〇・四協定において騒音被害の原因者が国であることを認識していることを明示し、一層の騒音軽減措置をとることを約したことによって、本件損害賠償債務を承認又は時効の利益を放棄したというべきものであること、③被告が一〇・四協定を十分履行しないなどの背信的事情に照らすと被告が時効を援用することは信義則に反し、権利の濫用として許されないことを主張する。

しかしながら、鉱業法一一五条二項は損害の発生が進行中で未だその範囲が確定しないような場合を想定した規定と解すべきであるから、後記のとおり、侵害行為自体は継続的であっても、それぞれの損害額の算定が十分に可能な本件に準用又は類推適用するのは適当でない。また、生活環境整備法に基づく周辺対策は、不法行為が成立することを前提としているものではなく、防衛施設の運用自体は適法であっても、それに起因する障害を周辺住民にのみ負担させることは不公平であるとの観点からなされたいわば損失補償的な措置であると解され、かかる周辺対策を実施していることから、直ちに被告が不法行為に基づく損害賠償債務の存在を認めたことにはならない。一〇・四協定においても、同様の前提のもとに周辺対策の充実を約したものと解すべきであって、これらによって本件損害賠償債務の承認又は時効の利益を放棄したとみることはできない。更に一〇・四協定等に基づく騒音対策の実施状況についてみるに、前記のとおり、全室防音化工事が達成されていないことなど不十分な点はあるものの、時間帯による運航規制などそれなりの効果を上げていると認められるものもあり、防音工事についても年々実施されているものであって、被告が騒音対策等においてことさらに不誠実な態度をとっているとはいえず、そのほか、本件において時効を援用することが信義則に反し、又は権利の濫用となるような背信的事情を認めるに足る証拠はない(なお、不法行為の加害者が時効を援用すること自体、一般的に信義に反すると感じられる要素を帯びるものであるから、そうした一般的要素のみでは時効の援用を許さないことの理由として十分でない。)。

よって、原告らの右各主張はいずれも採用しない。

四そうすると、訴訟提起の日であることが記録上明らかである、第一次訴訟については昭和五〇年九月一六日から、第二次訴訟については昭和五八年三月四日から、それぞれ三年前の日より発生した被害についての原告らの損害賠償請求権は、民法七二四条所定の三年の期間の経過により時効消滅したものというべきである。よって、被告の消滅時効の主張は理由がある。

第一〇被告の責任

一以上説示してきたとおり、被告は、小松飛行場の供用による自衛隊機の発する航空機騒音等により、WECPNL八〇以上の区域(昭和五五年の防衛施設庁告示で第一種区域とされた地域)に居住し、又は以前居住していた原告らが受忍限度を超える生活妨害等の被害を受けているにもかかわらず、原告らの被害を防止するに足る措置を講じないまま、小松飛行場をジェット戦闘機等強大かつ不快な騒音を発生させる航空機の離着陸に継続的に使用してきたのであるから、公の営造物である小松飛行場の設置・管理に瑕疵があるというべきである。よって、被告は、国賠法二条一項に基づき、右原告らに対し、自衛隊機の発する航空機騒音等により原告らが被った損害を賠償すべき責任がある。

また、米軍機の発する航空機騒音等は、前記のとおり日米共同訓練の実施された日数がわずかであるから、原告らの被害に対する寄与度はわずかであると思われ、区域指定におけるWECPNLの算定の対象ともなっていないところであるが、前記第三の一、二において掲げた各証拠によれば、日米共同訓練の実施された際、これら小松飛行場に接近したWECPNL八〇以上の区域においては、自衛隊機同様相当の耐え難い航空機騒音等を発生させているものと推測され、前記自衛隊機の発する航空機騒音等と競合して、これらの区域における受忍限度を超えた生活妨害等の被害の原因となっていることを否定するわけにはいかない。右は、米軍の占有管理する土地工作物等の物件の設置又は管理の瑕疵によるものであるが、結局のところ、民事特別法二条に基づいて被告が損害を賠償する責任を負うものであるから、前記国賠法上の責任と区別してその寄与度を論ずる実益はないと考えられる。

したがって、被告は、国賠法二条一項及び民事特別法二条に基づき、前記原告らに対し、自衛隊機及び米軍機の発する航空機騒音等によって、原告らが被った損害を賠償すべき責任があるというべきである。

二これに対し、被告は、国賠法二条一項は、大阪国際空港のように多数の住民の居住する地域に極めて近接しているなど立地条件が劣悪な空港について適用されるべきもので、小松飛行場のように立地条件に問題がない事案には適用されない旨、また、運航対策等種々の騒音対策を講じている事情を正当に評価するならば、設置・管理の瑕疵があるとはいえない旨主張している。

たしかに大阪国際空港周辺に比べると、小松飛行場周辺は人口密集地ではないが、小松飛行場の存在する小松市は人口約一〇万人を有する石川県第二の都市であって(<証拠>)、小松飛行場は決して人口閑散な地域にあるとはいえない(このことは前記周辺対策の対象世帯数の多さが物語っている。)から、その立地条件は劣悪でないとはいえないし、そもそも人口閑散な地域における静ひつさが尊重するに価しないと考えるのも相当でない。また、被告の実施してきた騒音対策が必ずしも十分な成果を挙げていないことはこれまで何度も述べてきたとおりであり、前記原告らの受忍限度を超えた被害を解消するべく騒音対策等の一層の充実を求めることが、被告に不能を強いるものともいい難い。よって、被告の右主張は採用できない。

第一一損害賠償額の算定

一前記のとおり、原告らの被害は、居住地における航空機騒音の程度が増大するに従って、増大する傾向があり、かつ、居住地における航空機騒音の程度は区域指定におけるWECPNLの値を参考にして判断するのが適切であるといえるのであるから、慰藉料額の算定にあたっては、右区域指定におけるWECPNLの値を基準にするのが合理的である。したがって、原告らが、WECPNL八〇以上八五未満の地域(昭和五五年九月一〇日の防衛施設庁の告示によって第一種区域とされた地域でかつ、後記WECPNL八五以上の地域に含まれない地域)、WECPNL八五以上九〇未満の地域(昭和五三年一二月二八日の防衛施設庁の告示によって第一種区域とされた地域で、かつ、後記WECPNL九〇以上の地域に含まれない地域)、WECPNL九〇以上九五未満の地域(右昭和五三年の告示によって第二種区域とされた地域又は昭和五九年一二月二〇日の追加告示によって新たに第二種区域とされた地域で、かつ、第三種区域に含まれない地域)のうち、それぞれどの地域に居住し、又は以前居住していたかを考慮して慰藉料額を算定するのが相当である(原告らのなかには、WECPNL九五以上の第三種区域に居住し又は以前居住していた原告はいない。)。なお、右のとおり、WECPNL九〇以上九五未満の地域については、昭和五三年の告示の外に昭和五九年の追加告示があるが、右追加告示は一〇・四協定によるコンター見直しの合意等に基づき昭和五七年の騒音調査の結果に基づいてなされたものであって、本件損害賠償の対象期間における原告ら居住地の騒音の程度を最もよく反映するものと解されるから、右追加告示によって新たにWECPNL九〇以上の地域であるとされた地域も含めるのが相当である。

二<証拠>によれば、別紙第二損害賠償額一覧表原告氏名欄記載の原告らは、前記のとおりの区分によるWECPNL八〇以上の地域に居住し、又は以前居住していた者であり、その居住地(ただし、後記賠償期間中のWECPNL八〇以上の地域内の居住地のみを、古い順に示す。)、居住地の属する区域(W値欄にWECPNL八〇以上八五未満を80、同八五以上九〇未満を85、同九〇以上九五未満を90と各記載した。)、昭和四一年一月一日以降WECPNL八〇未満の地域からWECPNL八〇以上の当該居住地に転入したかどうか(危険への接近による減額%欄に20とあるのは、昭和四一年一月一日以降WECPNL八〇未満の地域からWECPNL八〇以上の当該居住地に転入したことを示す。なお、後記のとおり、旧居住地のWECPNL値よりも高いWECPNL値の地域に転入した原告(たとえば、WECPNL八〇以上八五未満の地域から同八五以上九〇未満の地域への転入)についても、同様危険への接近の法理の適用によって慰藉料を減額すべきであると考えるので、同欄にやはり20と示す。)、当該居住地の居住期間(ただし、後記賠償期間中の居住期間のみを同表賠償期間欄に示す。なお、後記賠償期間中に死亡、WECPNL八〇未満の地域へ転出した場合は、特に同表居住地欄にその旨を示す。)等は同表記載のとおりであることが認められる(なお、このうち、別紙第四「原告別居住地とWECPNL値一覧表に対する認否」中○印のある箇所は当事者間に争いがないので、右争いのない居住地の所在地番、居住開始時(年月)、WECPNL値を基礎として、別紙第二損害賠償額一覧表の居住地、賠償期間、危険への接近による減額%の各欄を記載した。)。右損害賠償額一覧表において認定した居住地、居住地の属する区域、居住期間等について、原告らが別紙第三「原告別居住地とWECPNL値一覧表」において主張した事実と異なるものは、結局のところ、原告らの主張する居住事実等を認めるに足りる証拠がないものである。この点、原告らのうち、WECPNL八〇以上の区域に居住し、又は、居住していた旨主張しているのに、後記賠償期間中の居住事実を認めるに足る証拠がなく、損害賠償請求が、全部認められない原告に関して若干の説明をすると次のとおりである(第二次訴訟原告(番号47)幸塚廣之助については前に説示したとおりである。)。すなわち、第二次訴訟原告(番号162)高野(旧姓前田)清美及び同(番号178)喜多一弘については<証拠>によれば、いずれも同原告らが前居住地と主張する住所は住民登録されておらず(本来の住民登録された住所は、いずれもWECPNL八〇以上の区域内と認められない。)、また、当該主張の住所に居住していたことを認めるに足りる確たる証拠もないものであり、更に、第二次訴訟原告(番号237)輪島正行については、<証拠>によれば、現居住地は同原告主張のとおりと認められるものの、当該居住地が、WECPNL八〇以上の区域内であることを認めるに足りる証拠がないから、以上のとおり、同原告らについては、いずれもWECPNL八〇以上の区域に居住し、又は、居住していたことが認められない。

三1 原告らの損害が日々発生していると理解すべきことは前記第九「消滅時効」で述べたとおりであるが、慰藉料額の算定にあたっては、前記生活妨害等はある程度の期間騒音が継続することによって現実化するものと考えられること、原告らの請求が一か月を単位としていること、後記具体的な金額に鑑みて一日単位で計算するとあまりに小額となり、計算を煩瑣なものにすること、原告らの損害の賠償期間は相当長期にわたっており、月単位で把握する方が慰藉料の算定という見地からは合理的と考えられることに照らして、一か月を単位として計算することとする。

2  前示の騒音被害の程度、内容その他本件に顕れた一切の事情を総合考慮し、一か月当たりの慰藉料額は、基本的に次のとおりと定めるのが相当である。

(一) 前記WECPNL八〇以上八五未満の地域 五〇〇〇円

(二) 前記WECPNL八五以上九〇未満の地域 八〇〇〇円

(三) 前記WECPNL九〇以上九五未満の地域 一万二〇〇〇円

なお、前記区域指定において、WECPNL値算定の基礎となる航空機の騒音実測データの中には、自衛隊機の外に民航機によるのも含まれているところ、原告らは民航機による騒音の被害は本件損害賠償請求の理由としていないものと解されるので、これを考慮するならば、民航機の寄与分について、右慰藉料額の算定にあたり多少の考慮を要する点がなくはない。しかし、前記「第三侵害行為」で述べたとおり、民航機の飛行は定時で本数も多くなく、騒音レベルは比較的低く、音質の不快さの程度も比較的低いことから、民航機による騒音が原告らの生活妨害等の被害に寄与している割合は極めて小さいと考えられるので、慰藉料額の算定にあたっては、自衛隊機の飛行による騒音が主として右WECPNL値を決定するものとして、そのWECPNL値に応じて、慰藉料額を決定するのが相当である。

3  前記のとおり、危険への接近及び防音工事の助成を慰藉料減額事由として考慮すべきである。

(一) 原告らのうち、昭和四一年一月一日以降前記受忍限度を超える地域に転入した者については、危険への接近の法理の適用により二〇パーセントを減額するのが相当である。

また、昭和四一年四月一日以降に、旧居住地のWECPNL値よりも高いWECPNL値の地域に転入した原告(たとえば、WECPNL八〇以上八五未満の地域から同八五以上九〇未満の地域へ転入した原告)についても、同様危険への接近の法理の適用によって慰藉料を減額するのが相当である。これに対し、新居住地のWECPNL値が、旧居住地のWECPNL値と同等又はより低いものであるときは、かかる法理は適用する余地がない。したがって、原告らの主張上、昭和四一年一月一日以降に転入したことになっていても、より低いWECPNL値の地域からの転入と認められない限り(かかる事実は被告に立証責任があると解される。)、危険への接近の法理を適用すべきではない。この点、原告らのうち、その主張上昭和四一年一月一日以降の転入となっていても、前居住地が不明である等の事情により、危険への接近の法理の適用がない者については、その旨を別紙第一損害賠償額一覧表記載要領の区分に従い、別紙第二損害賠償額一覧表の備考欄に記号によって注記した。

なお、前記二の冒頭に掲げた各証拠によれば、原告らのうちには、一時的(一か月未満ないし六年)に当該居住地がWECPNL値八〇未満の地域に転出していた者が若干名存することが認められるが、その転出の期間中元の住居が全く住居としての実質を失っていてたまたま同一住所への新たな居住開始と評価できるような特段の事情が認められないかぎり、これらの原告について新たに危険に接近したと評価することは相当ではないから、危険への接近の法理を適用すべきではなく、また、本件証拠上かかる特段の事情を認めるべき原告も見当たらない。このような理由によって危険への接近の法理の適用がない者については、前同様に別紙第一損害賠償額一覧表要領の区分に従い、別紙第二損害賠償額一覧表の備考欄にAと注記した。

(二) 原告らのうち、住宅防音工事の助成を受けた者及びこれと同居する者については、防音室数に応じた被害の減少があるものとして、その利益を受けた期間に生じた慰藉料を減額する。ただし、その効果は防音室数に比例するとまでいえず、むしろ効果の増大は逓減的とも考えられる。その具体的な率については、これによって空調設備の電気料等の維持費が個人負担になることも考慮すべきであろう。以上の諸事情を総合して、最初の一室につき右慰藉料基準額の一〇パーセントを減額し、これに一室増加する毎に五パーセントずつ減額率を大きくしていくのが相当である。

4  月数計算、一か月に満たない日数の処理等については、前記一か月を単位として慰藉料額を定めるべきものとした事情に照らして、次の処理によるのが合理的である。

月数は、暦月を単位として計算することとし、前記慰藉料増減事由が一定である損害賠償対象期間について、その始期は、当該賠償期間の最初の日又は転入、慰藉料増減事由の発生した日の属する月の翌月の初日から起算し、その終期は、当該賠償期間の最後の日又は転出、慰藉料増減事由終了事由の発生した日の属する月の末日までとする(例えば、昭和六二年七月二五日から昭和六三年六月三日までの期間の場合には、昭和六二年八月一日から昭和六三年六月三〇日までに置き換えて、月数を一一月と計算する。)。また、慰藉料増減事由を考慮した月当たりの慰藉料が一〇〇円未満の端数を生じるときは、一〇円の桁で四捨五入することとする。

四弁護士費用については、原告らが本件訴訟の提起及び追行を弁護士である原告ら訴訟代理人らに委任したことは、弁論の全趣旨により明らかであるところ、本件訴訟の立証の難易度、右認容額等の諸般の事情を勘案すると、前記慰藉料額の一五パーセント相当の金額をもって、本件小松飛行場の設置・管理の瑕疵と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

五以上により、前記原告らに対する損害賠償額を算定すると、別紙第二損害賠償額一覧表中損害賠償額(合計)欄記載の各金員となる。なお、原告らが本件各訴状送達の日以前に生じた慰藉料請求権に対する本件各訴状送達の日の翌日から支払済みまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金の請求をしている関係から、右計算にあたり、便宜上、時効が完成する最後の日の翌日から本件各訴状送達の日(本件記録上明らかである。)までの期間(第一次訴訟については昭和四七年九月一六日から昭和五〇年一〇月七日まで、第二次訴訟については昭和五五年三月四日から昭和五九年二月六日まで)をA期間と呼び、本件各訴状送達の日の翌日から本件口頭弁論終結の日までの期間(第一次訴訟については昭和五〇年一〇月八日から平成二年三月一六日まで、第二次訴訟については昭和五九年二月七日から平成二年三月一六日まで)をB期間と呼び、特に、A期間に生じた慰藉料額の合計を同表A期間慰藉料額欄に記載した。

そして、本件損害賠償額のうち、別紙第二損害賠償額一覧表A期間慰藉料額欄記載の金員に対する、A期間に行われた各不法行為の日の後である(本件各訴状送達の日の翌日以降)、第一次訴訟の原告については昭和五〇年一〇月八日から、第二次訴訟の原告については昭和五九年二月七日から、それぞれ各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の請求をそれぞれ認容すべきである。

第一二結論

一原告らの訴え中、米軍機についての離着陸等の差止め及び騒音の到達禁止を求める部分並びに平成二年三月一七日以降に生ずると主張する損害について賠償を求める部分は、いずれも不適法であるからこれを却下する。

二1  原告らの請求中、自衛隊機の離着陸等の差止め及び騒音の到達禁止を求める請求は、いずれも失当であるからこれを棄却する。

2  原告らの請求中、平成二年三月一六日までに生じたとする過去の損害賠償請求については、別紙第二損害賠償額一覧表中の「原告氏名」欄記載の原告らが同表中の各原告に対応する「損害賠償額(合計)」欄記載の各金員、及び同「A期間慰藉料額欄」記載の各金員に対する第一次訴訟の原告(同表「原告番号」欄に括弧付きの数字で示した原告)にあってはいずれも昭和五〇年一〇月八日から、第二次訴訟の原告(同欄に括弧なしの数字で示した原告)にあってはいずれも昭和五九年二月七日から、各支払済みまで年五分の割合による各遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、原告らのその余の請求は、いずれも失当であるから、これを棄却することとする。

三よって、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条を適用し、仮執行免脱宣言は相当でないから付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官伊藤剛 裁判官加藤幸雄 裁判官松谷佳樹)

損害賠償額一覧表

原告番号

原告氏名

居住地

賠償期間

期間

種別

AorB

期間

月数

W値

慰藉料

月額

危険への接近による減額%

防音

工事

慰藉

料額

(小計)

損害

賠償額

(小計)

A期間

慰藉料額

損害

賠償額

(合計)

備考

始期

終期

室数

減額率

(1)

福田俊保

小松市安宅新町イ138

47

50

55

63

9

10

10

8

50

55

63

65

10

10

8

3

A

B

B

B

37

60

94

19

90

90

90

90

12,000

12,000

10,800

8,400

0

0

0

0

0

0

1

5

0

0

10

30

444,000

720,000

1,015,200

159,600

510,600

828,000

1,167,480

183,540

444,000

2,689,620

(2)

湯淺治男

小松市大川町2-72

47

50

51

9

10

11

50

51

65

10

11

3

A

B

B

37

13

160

85

85

85

8,000

8,000

7,200

0

0

0

0

0

1

0

0

10

296,000

104,000

1,152,000

340,400

119,600

1,324,800

296,000

1,784,800

(3)

翫正敏

小松市上牧町ニ19

47

50

60

63

9

10

12

9

50

60

63

65

10

12

9

3

A

B

B

B

37

122

33

18

85

85

85

85

8,000

8,000

7,200

5,600

0

0

0

0

0

0

1

5

0

0

10

30

296,000

976,000

237,600

100,800

340,400

1,122,400

273,240

115,920

296,000

1,851,960

A

(昭41~

昭47)

(4)

廣瀬光夫

小松市大川町2-35

47

50

55

9

10

10

50

55

65

10

10

3

A

B

B

37

60

113

80

80

80

5,000

5,000

4,500

0

0

0

0

0

1

0

0

10

185,000

300,000

508,500

212,750

345,000

584,775

185,000

1,142,525

(5)

長井榮子

小松市浜田町ホ107

47

50

55

9

10

12

50

55

65

10

12

3

A

B

B

37

62

111

80

80

80

4,000

4,000

3,400

20

20

20

0

0

2

0

0

15

148,000

248,000

377,400

170,200

285,200

434,010

148,000

889,410

309

坂上信夫

小松市安宅町甲10

55

57

59

3

11

2

57

59

65

11

2

3

A

A

B

32

15

73

80

80

80

4,000

3,600

3,600

20

20

20

0

1

1

0

10

10

128,000

54,000

262,800

147,200

62,100

302,220

182,000

511,520

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